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50話



「そんなこと、あったねぇ」




朔夜から話を聞かされた陽毬は懐かしむように呟いた。彼に言われるまで正直記憶の片隅に追いやっていたが、やっと思い出した。




「あの頃の私、無謀だったね」




「いや、あれは勇敢だろ」




「向こう見ずで突っ走っただけだと思うよ」




当時の、今の陽毬も誰かに対して面と向かって啖呵を切るタイプではない。仮に理不尽に思うことがあっても、指摘することなく言葉を飲み込んでしまう。




そんな陽毬が上級生男子の前に飛び出したのだから、よほど腹に据えかねたのだ。思い出しても、彼らの吐いた悪意には怒りしか込み上げてこない。




その後陽毬は朔夜に事の顛末、例の彼らとどうなったかを聞かなかった。態々「悪口を言ってたから、文句を言った」と教えることもない、と判断したからだ。




もう10年以上経っているし、聞いても大丈夫だろうか。




「例の人達ってあの後どうしたの」




「アイツらか?俺を見るとあからさまに避けるようになって、突っかかってこなくなったな。お前の啖呵が堪えたんじゃねぇか」




恐らく、面倒くさそうな下級生がくっついているから関わり合いになるのを避けたのだ。真相はもう確かめる術はないし、知ろうとも思わない。




陽毬は少し温くなったコーヒーを一口飲む。




「それからずっと私のことを?」




「…ああ、俺のこと家族だって言ってくれて。怖いだろうにアイツらの前に立った陽毬のことが眩しく見えて…気持ちに気づくまで時間がかかった上に兄としか見られてないって知って…挙句に諦められずに10年近く引きずった。どうしようもないだろ」




朔夜は自らの過去を悔やむように、そして恥じるように表情を歪め目を伏せた。




「どうしようもないとは」




思ってない、と続けようとしたら膝の上に置いていた手の上に朔夜の手が重ねられる。




「俺が1番、自分のことどうしようもないと思ってる。他の誰と付き合っても、結局陽毬のことが頭から離れなかった…正直気持ちを伝えるつもりはなかったよ、誰かと幸せになるなら祝福するつもりで。でも、別れたって聞いてやっぱり諦めるなんて無理だって悟った。俺は陽毬じゃないと駄目だ」




伏せていた顔を上げて、陽毬の顔を覗き込む。




「陽毬は俺がどれだけ執着してるか、分かってないよ。漸く、付き合えたんだ。何があっても絶対に一生離さない、本当に好きなんだ」




重い愛の言葉を囁きながら、キスをされる。何度か啄むような軽いもの、そして深いキスを交わした後陽毬は少し息を切らしながら言う。




「…私も好き。でも朔夜と同じだけの気持ちはまだ返せない」




自分の気持ちは朔夜の抱くものと比べると、まだまだだろう。同じだけの質量を返せないことを申し訳なく思うが、朔夜は首を振る。




「同じくらい好きになって欲しいなんて望まない。好きだと言ってくれただけで、凄く嬉しいんだ。ただ、俺の気持ち受け止めて逃げないで欲しい」




「逃げないよ」




「まあ、逃げようとしても逃さねぇけど」




そう囁く朔夜は瞳の奥に確かな執着を感じさせる黒い光を宿しながらゆっくりと、ソファーに陽毬を押し倒し服に手を…。




「いやいや、流されないよ⁈こんな明るいうちからしないから」




朔夜は我に返り自分を押し除ける陽毬に不満げな眼差しを向けてくる。




「ここで何もしないのは無理に決まってるだろ?」




陽毬に覆い被さる朔夜は飢えた獣のような瞳で見下ろしてくる。彼の纏う色気に当てられた陽毬は息を呑んだ。すると、彼の胸板を押していた手の力が緩む。




「…ソファーは嫌」




結局折れた陽毬に朔夜は決して馬鹿にしたわけではない、愛しさの溢れた笑みを向け、軽々と陽毬を抱き上げて寝室へと向かう。





その後夕方まで解放されず、気絶した陽毬が夜に目を覚まし朔夜に文句をぶつけることになるのをまだ知らない。








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