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49話



「…あ、謝って」




聞き覚えのある声が耳に届いた。光も動きを止め、声がした方を見る。




視線の先にはワンピースを着て、背中までの髪をポニーテールにした女子…陽毬が立っていた。彼女の後方には見覚えのない女子が不安そうな顔でオロオロしている。見た感じ、偶々通りかかった陽毬達がこの場面に遭遇、朔夜の悪口を聞いて我慢が出来なくなって…といった感じか。




突然話に割って入ってきた下級生女子に、悪口に興じていた奴らは目をパチクリさせて、声の主を凝視していた。




陽毬はと言うと、いつか見た時と同じように緊張故かプルプルと震えていた。弱々しい出立ちだが、その瞳だけは真っ直ぐに奴らを見据えていた。強い意志を感じる瞳だ。




「朔兄は可哀想なんかじゃない!お兄ちゃんもお母さん達も、私も朔兄のこと家族だって思ってる!朔兄は確かに口は悪いし目つき悪いし、誤解されやすいところはあるけど優しいの!朔兄のこと知りもしないくせに、勝手なことばかり言わないで!謝って!」




如何にも気弱そうな陽毬の鬼気迫る様子に怖気付いた男子達は「わ、分かった、酷いこと言って悪かったよ」と心が篭ってない謝罪を口にした。白々しく、仕方ないから言ったのが丸わかりだったが陽毬は一応謝罪をしたと受け取ったのか。




踵を返し走り去って行った。後ろにいた女子の手を引いて。




嵐のように陽毬は去って行き、取り残された奴らはポカン、と阿保面を晒す。




隣でことの成り行きを共に見守っていた光は感心したように呟く。




「アイツ、あんな風に啖呵切れたんだな。初めて見たわ」




「…」




陽毬は内気で、特に男子を苦手に思っていたはずだ。知らない男子、しかも上級生を目の前にして怖くなかったわけがない。実際緊張と恐怖で顔が強張っていた。




なのに朔夜に謝れと、親に嫌われている可哀想な奴ではない、家族だと思ってると毅然と反論してくれた。怖かっただろうに、自らを奮い立たせて。




心が温かくなると同時に、妹として見ていたはずの陽毬に対する感情が変わっていくのが分かった。無邪気に抱きつかれると大袈裟に反応してしまうし、些細な言動でさえも可愛く見える。




何より、あの時の陽毬の瞳が焼き付いて離れない。真っ直ぐに奴らを見据えていた瞳。向けられた奴らに嫉妬すら覚えた。




自分の気持ちが何なのか、恋愛感情を抱いたことがなかった朔夜は長年気づかなかったが、光は何となく気づいていたらしい。それとなく陽毬に「朔夜のことどう思ってるんだ?」と聞いてくれた。




「もう1人のお兄ちゃん」




曇りなき眼で言い切っていたと教えられた時、朔夜はショックを受けると同時に陽毬への気持ちを自覚した。いや、自覚と同時に失恋したのだ。




陽毬に兄以上に見られていない事実に朔夜は打ちひしがれた。




現実を忘れたくて、今にして思えば馬鹿とした言いようがないが陽毬が少しは意識してくれるのではないか、と告白してきた相手と手当たり次第付き合うようになった。悪手だと気づかず、結果陽毬は「そういう相手」として朔夜を除外しており幼馴染、兄の親友のポジションとして10年近く過ごすことになる。




その間に進学で上京して陽毬と気軽に会えなくなると益々執着が強まる癖に行動を起こす勇気はなく。陽毬に彼氏が出来たと報告された時は暫く眠れず悪夢にうなされるという体たらく。




ヘタレだと光に散々揶揄われようとも、関係性を壊すことを恐れ何も出来なかった。




…まさか10年経って片思いが成就するなんて。今でも信じられないが現実だ。




ずっと、物心ついた頃から心の中にぽっかりと穴が開いていた。陽毬を好きになることで、その穴が半分だけ塞がり陽毬から気持ちを伝えてもらったことで、穴は塞がった。




今、朔夜の心はこれ以上ないほど満たされていて幸せだ。






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