47話
戸塚朔夜は暖かい家庭とは無縁で育った。
物心ついた頃には両親の仲はどうしようもない程冷め切っており、2人とも一人息子の朔夜に関心は無い。一軒家を買うくらいなので、一時でも仲睦まじい時期はあったのだろう。今はもう見る影もないが。
両親共に仕事に忙しく…仕事以外でも忙しかったと思うが家にほぼ居らず、その代わり家政婦が朔夜の親代わりのような存在だった。金だけはあり、欲しいと思ったものは全て与えられた。表面上だけ見れば、裕福な家に生まれ何不自由なく育てられた…ように見える。
朔夜が最も欲しかったものは与えられなかったし、それを子供ながらに悟ったあたりから目に見えて荒れ始めていった。
年の割に背が高く、目つきも鋭い上に常に不機嫌そうな顔をしてる朔夜に近づこうという奴はいない。人と群れる気にはなれなかったから、丁度よかった。
偶に朔夜の顔に釣られた女子や、1人ぼっちの奴を放っておけない「お人よし」が居たが全員無視しているとそのうち誰も寄ってこなくなる。
そんな朔夜に保育園時代の先生も小学校の担任も手を焼いていた。明らかに家庭環境に問題があるのは向こうも把握していたが、介入することもせずやんわりと「気にかけてやってくれ」と伝えるくらい。
その程度で自らを顧みる両親ではなかったので、朔夜の尖ったナイフのような雰囲気が消えることはなく友達も出来ないまま月日を重ねていった。
藤原光と出会うまでは。
光は小学3年のクラス替えで後ろの席にいた奴で、明らかにクラスで浮いている朔夜に話しかけてきた命知らず。ガン無視したり、時に話しかけるなウザい、と吐き捨てようとも何故か諦めずに事あるごとに話しかけ続けた。話しかけづらい朔夜に話しかけてきたのだから、社交的な奴なのは間違いない。
今にして思っても変な奴だ。こちらがいくら拒絶しようとも、いつの間にか懐まで入り込んでいる。頑なに拒絶していたはずなのに、ポツリポツリと会話をするようになるまで時間はかからなかった。
明るい光がしつこく声をかけていたことで、遠巻きに見ていたクラスメートも少しずつ話しかけ始めた。やはり最初は皆ビクビクしていたが。
新しいクラスになってから1ヶ月後、光に家に遊びに来ないかと誘われた。家に帰ってもどうせ誰もいない、そんな家にいてもつまらないので誘いを受けると光はとても嬉しそうに笑った。
「夕方になると母さんが妹を迎えに行くんだ。多分朔夜と仲良くなれると思う」
光には4歳下の妹がいるというのは聞いていた。とても可愛がっているというのも。だが、仲良くなれそうとはどういうことだ。自分はどう見ても幼稚園児が懐く見た目じゃない。怖がられるのがオチだと思っていたが、「会うのは遠慮したい」なんて言えるわけもなく。
「紹介する、妹の陽毬」
「…」
幼稚園から母親と帰ってきた妹…陽毬は光の服を掴み背中に隠れている。大きな瞳に日に焼けてない白い肌は緊張のためはほんのり赤く、小柄で光の背中の真ん中くらいの身長しかない。
(ちっちゃいな)
目つきの鋭い朔夜に怯えている、というより単に知らない相手だから怯えているように見えた。テレビで見た小動物を思い出す。
どちらにしろ、怖がられていることに変わりはない。兄弟もおらず、年下の子の面倒を見たこともない朔夜はほとほと困った。
が、何も言わずに突っ立ってるわけにもいかず光に近寄った。更に怖がらせないためにしゃがんで陽毬と目線を合わせる。
「…戸塚朔夜、よろしく」
「…ふ、ふじわらひまりです」
「「…」」
「お前ら硬すぎー」
挨拶だけして黙った朔夜と陽毬に光は小さく溜息を吐く。
(だって、何喋れば良いか分からないし)
いきなり仲良く喋れ、は無理だ。陽毬だってますます恥ずかしがって顔を真っ赤にしてプルプルと震えて、光の服をギュッと掴んでいる。
(あ、ちょっと…)
可愛いかも、と一瞬だけ思った。それからは光が真ん中に入って朔夜達の仲を取り持ったが、彼が望むように仲良くなるまでの道のりは長いだろう、と思われた。
ファーストコンタクトが芳しい結果にならなかったにも関わらず、光は懲りずに陽毬と引き合わせ続けた。ぎこちなくも、光と初めて会話した時と同じように言葉を交わすことが増え始める。
陽毬も人見知りが酷かったのは最初だけで、徐々に朔夜に慣れ始めると朔夜に遊んで欲しい、と強請るようになった。
陽毬は外で遊ぶことより、うちの中で遊ぶ方が好きだったから絵本を読んだり、おままごとに付き合ったり一緒に絵を描いてあげるととても喜んだ。
「朔兄はお父さん役ね」
「陽毬、兄ちゃんは?」
「お兄ちゃんは偶に来る親戚のおじさん」
「何で⁈」
光は妹の無慈悲な宣告にショックを受けていた。曰く朔夜の方がお父さんぽい、そうだ。
(何でお父さん)
実の兄を差し置いてお父さん扱いは気まずい。
陽毬は気を許した相手には遠慮がなくなるらしいので、これは良い傾向と取るべきなのだろう。朔夜は恨みがましい目を向ける光を無視しながら、ぼんやりと思った。
(妹がいれば、こんな感じだったのか)
朔夜は陽毬と遊ぶのが嫌いではなかった。朔兄朔兄と後ろをついて来る様子は微笑ましく、表情筋が死滅してると光に揶揄われていた朔夜がほんのり笑顔になる程だ。
殆ど藤原家に入り浸っており、あの冷え切った家で1人で過ごすよりもこの暖かい空間にいる方がずっと良い。
光は朔夜の家庭環境について深く聞いてはこない。朔夜の両親が運動会も授業参観にも一度も来てないことは割と有名なので察してはいるだろう。
いつも運動会の弁当は担任と食べていたが、今年からは光が家族の輪に朔夜を引っ張り込むようになった。暇さえあれば藤原家に入り浸り、夕飯もご馳走になっている朔夜の事情を彼らの両親も把握してるようで、まるでもう1人の息子のように扱ってくれる。
家族ってこんな風なんだろうか。朔夜の中の理想の家族像は藤原家になっていた。




