44話
週明け、忘れかけていた嵐がやって来た。
「藤原さん」
昼休みに入ると清川が突然話しかけてくる。何故か微妙な顔をしていた。
「清川さん、どうかしたんですか」
「…宮原さんがあなたを呼んでるの」
「…え」
彼女が誘導する視線の先には、すっかり疎遠になった元友人の姿が。腕を組んで、苛立たしげにこちらを見ている。
すれ違うたびに笑ったり、噂を流す程度であれ以来まともに話をしていない。なのに今更何の用だ。絶対友好的な話し合いを求めているわけではないだろう。
「どうする?嫌なら頼み事があるって断るけど?」
清川は佳奈との間にあったことを知らないが、陽毬達の間に修復出来ない溝が出来ているのは察しているようだ。清川の気遣いはありがたいが、このままなあなあで済ませることは出来なかったし、今避けても別の形で陽毬に接触を図るはずだ。
「大丈夫です、行きます」
陽毬は嘗ての友人と向き合うために席を立った。
佳奈は陽毬と顔を合わせると、不機嫌な顔で「付いて来て」と言うなり歩き出す。陽毬が連れて行かれたのはフロアの端にある階段。基本的に社員はエレベーターを使うため、ここは人通りが殆どない。
彼女は背中を壁に預けるなり、何の脈絡もなく「龍司さんに何言ったの?」と吐き捨てた。
「何のこと?」
「とぼけないでよ、あの人急に別れようって言い出したのよ。理由も聞いても何も言わないし…」
そう言えば数週間前に招かざる客がやった来たことを思い出す。陽毬にとっては最早瑣末なことだったので記憶の端に追いやっていたが。
龍司は陽毬に完全に拒絶されて、てっきり佳奈に戻ったと思っていた。束縛が酷い、息が詰まると不満を露わにしていたが別れを切り出す程だったとは。
よく見ると肌の調子が悪く、髪もパサついている。かなりのストレスを抱えているようだ。
陽毬は正直に言うか迷った。馬鹿正直に陽毬に復縁を迫ったことを龍司が言うわけないので、佳奈は知らないはず。言ってしまえば彼女のプライドをいたく傷つけることになる。自分が寝取った相手が元カノとヨリを戻そうとしたのだから。
(言ったら、それはそれで面倒くさいことになりそう)
「…私は知らないよ。何でわざわざ捨てた女のところに来るの?」
敢えて自分を貶める言い方をすれば、「確かに…」と一応納得しているようだ。彼女は陽毬が自分より下の存在だ、と思うことによって優越感を満たされるようだ。分かっていれば、波風を立てずにこの場をやり過ごすことも…逆に煽ることも簡単。
どうするかは相手の出方による。このまま引き下がればいいのだが。
「…話はそれだけ?なら帰る」
「待って、まだ話は終わってない」
帰ろうとすると腕を掴まれた。露骨に嫌そうな顔をするも佳奈は気にせず話を続ける。
「…昨日、あんたを凄いイケメンが迎えに来たって噂になってるんだけど」
「そうなんだ」
あの場にいた社員が広めたのだろう。誰も彼も人の色恋に興味津々だ。当然陽毬の耳にも入っていたし、佳奈の耳にも入っていたようだ。
「…彼氏なの?」
「だとしたら何?」
認めたも同然の発言をすると、佳奈は悔しそうに唇を噛むと忌々しげに睨みつけられる。
「長身で鋭い目つきに仏頂面…もしかして彼氏って戸塚先輩?」
「…なんで分かるの」
「元々先輩目当てであんたに近づいたからね。早々に望みがないって諦めたけど…あの人の顔忘れるわけない」
佳奈も陽毬に朔夜目当てで近づく有象無象の1人だった事実はそれほどショックではなかった。もう彼女のことを友人だと思っていないからか、最初に裏切られた衝撃が大きく、これくらいのことでは動揺しない程図太くなったからか。
佳奈は諦めたと言いながらも10年振りに、しかも又聞きした外見的特徴で朔夜だと言い当てた。スマホを構えていた人もいたから、写真を撮った誰かに見せられたかもしれないが。
(もしかして…)
一つの可能性が頭に浮かぶも、口にはしなかった。だが、「…戸塚先輩と」ポツリと呟いた彼女の悲しみと憎しみが混じり合った表情が全てを物語っていた。




