43話
「…終わった」
今日中に済まさなければいけないものは捌き切った。ちらりと壁掛け時計を見ると18時50分。定時を約1時間過ぎているが、まずまずだ。スマホをカバンから取り出してメッセージを打つ。
『今終わったよ。これから準備して帰る』
すぐに返信が来る。
『分かった、迎えに行く』
スマホの画面を見ていると横から遥香が覗いてきた。彼女の方は自分より早く終わっていたが、陽毬を待っていたのだ。
「あ、来るの?私もついて行っていい?挨拶したらすぐ帰るからさ」
「良いよ、挨拶だけで良いの?」
「見ず知らずの女が居たら戸塚さん気まずいでしょ」
「それもそうだね」
陽毬としては遥香が同席しても構わなかったが、連絡も無しに初対面の人間、しかも女性が同行するのは朔夜が気まずい思いをする。それに朔夜は女性に対して警戒心が強い。いくら陽毬の友人とはか言え、すぐ打ち解けるのは難しいだろう。
「それに付き合い立てのカップルの食事についていくほど図々しくないよ」
確かに悪気なくついて行きたいと言われたとしてと、良い気分にはならなかったと思う。
「ほらほら、早く支度しないと。戸塚さん待たせるの騒ぎになるよ」
「そんな大袈裟だよ」
「…」
遥香の懸念を笑い飛ばした陽毬に、彼女は何とも言えない微妙な顔をした。
急いで帰る準備をし、待っていた遥香と共にエレベーターに乗り一階へと降りる。やや早足でエントランスへ向かう途中数人の女子社員とすれ違う。
「入口にいた人、すごくカッコよかったよね」
「うん、モデルかと思っちゃった。ここの社員じゃないよね。あんなカッコいい人知らないわけないもん」
「誰か待ってるみたいだったけど」
「彼女じゃない?そうじゃなきゃわざわざ待ってないよ」
陽毬と遥香は黙って聞き耳を立てる。
「…だから言ったでしょ?」
遥香には彼女達が誰について話していたのか、分かっている様子。陽毬の方も察しがついているが。
エントランスに出るとちょっとした人だかりが出来ていた。当然全員女子だ。彼女達の視線の先には…見慣れた長身スーツの男の姿が。
モテっぷりに最早陽毬が軽く引いていると「声かけちゃう?」「無理無理、絶対断られる!」とコソコソ話す女子社員の話し声が耳に入る。
まずい、彼女達が声をかけたら面倒なことになる、と彼女達の視線を感じながらも遥香と朔夜の元へと急ぐ。
陽毬が声をかけるより先に朔夜が気づき、冷たい仏頂面からふんわりと優しい笑みを浮かべ「陽毬」と名を呼ぶ。背後からどよめきが聞こえるが、聞こえないふりをする。
「ごめん、待たせたね」
「いや、来たばかりだ」
来たばかりでこれほど人が集まるものか。朔夜のことだ、陽毬が申し訳ないと思わないように嘘を付いてる。敢えて指摘しようとも思わないが。
「ここだと目立つから、取り敢えず外に出よう」
朔夜も注目を集めてる自覚があったのか、承諾し遥香も後に続く。陽毬の隣にいる遥香を一瞥したが、彼は何も言わなかった。
会社を出て少し歩くと、人通りの少ない小道がある。通行人の邪魔にならないようその小道に入ると、改めて遥香を紹介した。
「初めまして、佐伯遥香と言います。陽毬と同じ部署で友人です。戸塚さんのことは陽毬からよく聞かされてますよ」
「戸塚朔夜です。陽毬の幼馴染で彼氏です。佐伯さんのことと陽毬からよく聞いてます、仲良くしてくださってありがとうございます」
と、当たり障りのない挨拶を交わすと遥香は用は済んだ、とばかりに帰ろうとする。本当に顔を見て挨拶をしたかっただけらしい。陽毬は朔夜に見惚れない女子を久々に見た。彼氏がいても必ずと言っていいほど朔夜を熱っぽい目で見つめていたのに。
「じゃあ私はこれで、戸塚さん陽毬のことお願いしますね。大事な友達なので」
「心配には及びませんよ、こっちは長い片思いをやっと実らせたんでね。佐伯さんも陽毬のことよろしくお願いします」
と互いに探り合うような視線を交わした後、遥香は去って行った。
「朔夜にしては友好的な態度だったね」
「ん?佐伯さんは嫌な感じがしなかったからな。それに陽毬のことを本当に心配していて、俺のこと品定めしてたぞ?友達を任せるに値する男か」
さっきの視線はそういうことか、と納得した。元彼の件もあり、いくら幼馴染とはいえどんな男か心配になっていたのだろう。ちなみに嫌な感じ、とは自分目当てで陽毬に近づいたかどうか、である。
「エントランス、ちょっとした騒ぎになってたね」
「10分も居なかったんだけどな」
それであの人だかり。朔夜は魔性の男な気がして来た。
「次来たらもっと騒ぎになりそうだから、待ち合わせは外にしよう」
「そうだな、目的は達成したし」
「目的?」
怪訝に思い聞き返すも朔夜にはぐらかされ、「今日何食べたい?」と話題を変えて来た。陽毬は陽毬で空腹だったから、あっさりと思考が食事に移ってしまい、朔夜の「目的」についてはすっかり忘れてしまった。




