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29話



それからの朔夜は、なんか凄かった。何かと世話を焼きたがるし、頻繁に陽毬の部屋は顔を出し、「暇か」「暇ならどこか出かけないか」と誘ってくる。徒歩で出かけた時はさりげなく、ではなくほぼ確実に手を繋いでくる。




「何で手を」




「陽毬と繋ぎたいから」




「だ、誰かに見られるよ」




田舎なんて噂が広まるのは一瞬。だが朔夜は全く気にするそぶりすら見せず。




「見られたら、噂になるかもな。俺はそれで良いけど」




チラリ、と意味深な眼差しで陽毬の様子を確認する。それが意味することは…答えに辿り着いた陽毬は唖然とした。どんな噂を立てられようが、朔夜は構わないのだ。それこそ、外堀を埋める形になっても。なりふり構わず、兄の言葉を思い出す。




困ったことに、朔夜と手を繋ぐことが嫌ではない。「見られたら」「噂が」と気にしていたはずなのに。朔夜のペースに飲まれている気がしてならなかった。案の定、高身長イケメンがご機嫌で女と手を繋いで歩く姿は注目を集めた。




するとどうなるか。女子からの嫉妬の視線が凄まじい。背中、右側、左側、あらゆる方向から刺すような視線を歩きながら感じている。




中には今にも襲い掛からんばかりの形相で睨む人もいたが、そういう人に対しては朔夜がチラッと一瞥するだけで顔を真っ赤にしてポーッとしてしまう。そうなれば横にいる陽毬は視界にすら入らなくなる。ホッとしたと胸を撫で下ろせばいいのか、或いは格の違いをまじまじと実感させられたと落ち込めばいいのか、複雑な気持ちになった。







そして年を越して元日。いつもより遅い朝ご飯を食べ終えた陽毬達は近所の神社に初詣に出かけることになった。雪は降っておらず、気温は低いが気持ちの良い晴れ。だが凍えるような冷たい風が容赦なく吹いている。




マフラーをぐるぐる巻きにし、ブルブル震えてる陽毬の両隣を兄と朔夜が固めて風除けになってくれている。お陰で左右から吹き込む風がうまいこと当たらない。




「…2人が良い風除けになってくれてる」




「良かったな、俺は寒いわ」




左隣の兄から軽口が飛んでくる。そうは言いつつも、風除けの役割を担ってくれる兄と朔夜に感謝する。感謝はしてるのだが…




「朔夜、お前…近くね?」




右隣の朔夜が陽毬にぴったりくっつきそうな距離にいるのだ。当然陽毬は気づいていた。多分朔夜も自覚していて態とやってる。明らかにベタベタといちゃついてる恋人の距離感。この妙な光景を前に、黙っていられなかった兄は呆れ混じりに指摘した。




「そうか?いつもこんなだろ」




「うわー…」




対する朔夜はしらばっくれている。兄はそんな親友に何を言っても無駄だと早々に諦め、若干引きながら前を向いた。兄は見捨てた、ならもう陽毬がどうにかする他ない。




「朔兄、近い。ちょっと離れて」




「いやだ」




即答、取り付く島もないとはこの事。しかし一回くらいでは諦めない。滅多に帰らない地元とはいえ、噂が定着し外堀を埋められるのはよろしくない。




「歩き難いの、これ傍から見たら付き合ってるように見えるよ」




「…そうか」




それ良いな、って顔をした。普段眠そうな目が明らかに輝いている。全く良くない、と首をふるふると振るが朔夜に陽毬の葛藤は伝わらない。




それからあの手この手で説得を試みるも、朔夜は離れてくれない。そんなにくっつかなくても陽毬は何処かに行ったりはしない。




(手強い)




もう兄の方が自分達から距離を取って他人のふりをし始めている。「このバカップルが」と目が語っていた。




(カップルじゃない!)




もう良いや、と諦めようとしていた時。




「…名前呼んでくれたら離れる」




「名前」




「朔兄って呼ばれるのも特別感があって良かったよ。けど、俺陽毬に兄扱いされくないんだ」




至近距離から見下ろす朔夜の瞳には懇願するような色が宿っていた。切なさすら感じさせる朔夜の表情に陽毬は息を呑む。




(そんな顔しないで欲しい…)




何か、自分の知らない感情を引っ張り出されそうで心がざわめいてくる。朔夜の眼差しから逃れたかった陽毬は恐る恐る、「…朔夜?」と呼んでみた。その途端、ススッ…と朔夜が陽毬から距離を取り始めた。自然と歩みも止まる。




あっさりと願いが叶い、安堵するべきなのに陽毬の心はモヤモヤとしていた。




(本当に離れた…)




さっさと距離を取った朔夜に見当違いな怒りにも満たない感情を抱いた。名前を付けようと模索するも、しっくりくるものが思い浮かばない。



(何だかなぁ…)




ハー、と小さく溜息を吐いた視線の先に朔夜がいる。さて、どんな顔をしてるのかなと興味本位で探るように彼を見た。




(…え)




視線の先の朔夜は口元を手で覆い、目元や耳を赤くしている。寒さのせい、だけではないように見えた。彼は陽毬から名前を呼ばれただけで、照れている。呆然とする陽毬の隣に朔夜と入れ違いに兄が戻って来てこそっと耳打ちした。




「あんな朔夜見た事ねぇよ、すげーなお前。しかし、名前呼んだだけでこれかよ。変なところで童貞臭いな」




兄は朔夜の姿がおかしいのか、クツクツと喉の奥を鳴らして笑う。




陽毬は照れとは無縁だと思い込んでいた朔夜の照れる姿に心臓が妙な音を奏でる。名前を呼んだだけ、特別なことは何一つしてない。いや、朔夜にとって陽毬に名前を呼ばれることが特別なことだったのだ。それが意味するところを推測するのは容易い。




些細なことで、そんな反応をするなんて。陽毬は朔夜の元に駆け寄った。彼の顔から赤みはまだ引いていない。近づいて来た陽毬に気づいた朔夜は口元を隠したまま言う。




「…陽毬」




「…なんか、可愛いね朔夜」




つい、出来心で。そんなことが口から溢れていた。朔夜はムッとして不服さを露わにする。




「…大の男に可愛いはないだろ」




「だって、可愛いと思ったんだよ」




繰り返される「可愛い」に朔夜は眉を寄せる。ジトっとした目で陽毬を見据えると、徐に腕を掴み人通りのない小道に引っ張り込まれた。




「…どうし」




陽毬の言葉が最後まで発せられることはなかった。仕返しとばかりに、こちらを向いた彼は身を屈め、陽毬の前髪を掻き分け額に唇を押し当ててきた。ちゅ、と小さなリップ音が鼓膜に届く。




「………っ〜〜〜〜〜!」




今度は陽毬が赤くなる番だ。意趣返しが成功した朔夜は満足げに笑いながら、「何するの!」とプリプリ怒り出した陽毬を楽しそうに宥めにかかった。




一方兄は付き合ってられない、と2人を置いてさっさと神社に向かってしまった。結局2人で参拝の列に並び、終わった後屋台で買った甘酒を飲む兄と合流したのだった。




「お前らイチャつくなら2人の時にしろ」



兄の苦言に対し、流石に反論は出来ず2人して謝るしか無かった。



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