26話
パチクリと目を瞬いた陽毬はポカンと口を開けて、朔夜を凝視する。急になんの冗談だ、酔ってるのかと笑い飛ばそうとした。が、出来なかった。冗談を言ってるとは思えないほど、真剣な顔付きだったからだ。
「…どういう意味で言ってるの?」
「そのままの意味」
深みのある笑みを浮かべながら、向かい合う形で座っていた朔夜が濡れたままの陽毬の髪に触れる。どこか妖艶な雰囲気を醸し出している彼に思わず後退りそうになるも、自分を真っ直ぐに射抜く瞳を前に身体が金縛りにあったかのように動かない。
(そのままの意味って)
「…はっきり言ってくれないと、分からないよ。何せ鈍いから」
分かっているのに、わざと皮肉めいた言い方をすると、濡れた髪を一房指先で掴み弄んでいた朔夜がふーん、と挑発的に笑う。
「俺は陽毬のことが好きだ。幼馴染だとか、妹としてって意味じゃない。1人の女性として好きだ。だから、少しでも望みがあるならお前に俺のことを好きになってもらえるよう、努力する。恋人になるチャンスが欲しい」
陽毬は自分の目と耳を疑った。兄のように慕ってた相手から好意を告げられたこと、だけではない。陽毬の知る限り1番モテて、それこそどんな美人でも選べる立場にいる男が平凡を絵に描いたような自分を好きだというのが、俄かには信じられなかったからだ。
「…何で」
「ん?」
ん、の一文字だけで普段の陽毬に向けるものとは違う、好意を抱く相手に向ける優しさを孕んだものに変化したと感じ、陽毬はたじろぐ。が、流されては駄目だと気を強く持って彼に向き合った。
「何で私?朔兄モテるでしょ?」
「モテることとお前を好きになることは関係ないだろ」
「…私が知る限りの朔兄の歴代彼女と比べても平凡だし、綺麗でもないよ。それに、朔兄の周りには綺麗な人たくさんいるでしょ」
段々と陽毬の口調が強くなっていく。自分の中に生まれつつあった、得体の知れない感情を誤魔化すために敢えてそういう言い方をした。
すると朔夜は露骨に溜息を吐いた。
「陽毬そんなこと気にしてるのか…そういうのは比べるものじゃないだろ。陽毬は誰よりも綺麗で、可愛いと俺は思ってるよ」
突然の甘い言葉に陽毬はあんぐりと口を開けて瞠目する。誰だコイツは。陽毬の知る朔夜は女子に対し甘い台詞を吐く人間では無かった。誰に対しても淡々と接していて、彼女に対しても変わらずもっと優しくしてあげてと心の中で思ったものだ。赤くなるどころか、宇宙人でも見るような目で自分を見る陽毬に朔夜は苦笑いを浮かべた。
「お前、本当に俺のこと男として見てないんだな」
呆れたような、悲しむような言い方に陽毬はつい、反射的に「ごめんなさい」と謝る。すると朔夜は形のいい眉を下げた。
「謝られると振られた気になるな…」
「え、いや、振ってはないよ」
するとピク、と眉を上げこちらを食い入るように見つめる。獲物を捕らえた肉食動物を彷彿とさせる目に背筋に冷たいものが走った。
「すぐ振らないってことは期待していいのか」
「…」
どう答えれば良いのか、言葉が上手く纏まらず黙りこくる。そんな陽毬に朔夜は焦げ付いてしまいそうな、熱い視線を送り続けていた。朔夜は膝の上に置かれた陽毬の手を取り、両手で包み込むように握る。
「元彼みたいにお前を傷つける真似は絶対にしない。こんなこと言っても信じないかもしれないけど、ずっと陽毬のことが好きだったんだ。諦めようとしたけど、無理だった…俺に、お前の恋人になるチャンスをくれないか」
絞り出されたような声と共に、陽毬の手を包む彼の手に力が籠る。朔夜は余裕のない顔で唇を引き結び、陽毬の言葉を待っている。自分を見つめる瞳の熱っぽさに耐えられなくなりそうだ。
陽毬は混乱の境地にいた。
(ずっと好きだった?好かれることした覚えも、そんなそぶりもなかった。いつも可愛い子や綺麗な子に囲まれてたのに、私を好きになる?そもそも彼女いたよね)
疑問が生まれ、頭の中を渦巻いている。聞きたいことは山ほどあった。けど、今聞こうとは思わない。朔夜は陽毬に嘘は吐かなかった。高校進学の時も、大学進学の時も悩む陽毬に真剣に向き合ってくれた、もう1人の兄。
そんな彼の言葉を信じない、という選択肢は陽毬にはない。本当に陽毬のことが好きなのだ、朔夜は。
彼を兄としてしか見たことがないのは本当だ。けど、中川の時のように即座に断るという選択肢は頭に浮かばなかった。
龍司と佳奈に裏切られて、もう恋愛はこりごりだと思っていたのに。朔夜は決して自分を裏切らない、言葉通りの男だと確信に近いものがあった。
朔夜を男として見れるかは今のところ分からない。けれども、前向きに考えようと「…わ、わかった」とまごつきながら答えると彼が息を呑む気配がして…。
「っ!」
気がつくとギュッと抱きしめられていた。朔夜の腕の中で陽毬は文字通り固まっている。
「…ありがとう、すげぇ嬉しいよ」
心の底から嬉しそうな声で言われてしまうと、陽毬も何だか心が温かくなってくる。
「…これからは容赦なく口説くから。覚悟しておけよ?」
不意に低く、色気を孕んだ声が耳から注がれ陽毬は腕の中でビクリ、と肩を震わせた。身の危険を感じ、腕の中から逃れようとするも踠けば踠くほど陽毬を閉じ込める腕の拘束は強まる。
「ちょっ、はなし」
「やだ」
不貞腐れた彼の声に陽毬はギョッとする。朔夜らしからぬ言い方だったからだ。
「やっと、好きだって言えた。恋人になれるチャンスをもらえて俺がどれだけ喜んでると思ってるんだ。抱き締めるだけ、それ以上のことは絶対しない」
だから暫く、俺に閉じ込められてくれ、と懇願する朔夜を陽毬は拒絶することは出来なかった。




