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21話



電車を乗り継ぎ、辿り着いた東京駅は相変わらず人で溢れている魔境に等しい場所だ。年末という時期も重なり、歩くだけで誰かとぶつかりそうになる。キャリーを引いてるせいで小回りが効かず、途中朔夜を見失いかけたりと些細なトラブルが発生し、新幹線乗り場にたどり着くまでえらく時間がかかってしまった。




「陽毬既に疲れてるな」




「人混み、嫌い」




「好きな奴存在しねぇよ…ちょっと待ってろ」




そう言い残した朔夜は近くの自販機でお茶を買って渡してくれる。受け取ったお茶は冷たい。




「ありがとう」




早速キャップを開けて一口飲むと気分がすっきりとしてきた。陽毬が生き返ったー、と笑みを浮かべる様を朔夜は黙って眺めていた。




改札を通りホームに上がり、自由席の号車まで移動すると早めに着いたのに列が出来始めていた。




「…これ座れないね」




最も自由席で座れるとはあまり期待してなかった。2時間近く立ちっぱなしは疲れるが、実家に着いたら寝れば良いと思っている。




早々に諦めてる陽毬に朔夜が言った。




「まだ分からないだろ」




「どー見ても無理だよ、皆座りたいからダッシュするよ」




無駄だと愚痴る陽毬だが、朔夜はやはり仏頂面で何かを考えていた。





そして新幹線がホームに到着し、ドアが開き並んだ順番を無視し我先にと人が傾れ込む。みんな元気だな、と呑気に突っ立っていた陽毬の手を朔夜が握った。




「キャリーバッグ手に持ってろ」




「え?」




すると朔夜は人混みをかき分けてずんずんと進んで行く。引きずられていくうちに、いつの間にか2人席に座っていた。




「何とか座れたな」




背の高い朔夜は人の波に押される事なく前に進めた。仏頂面で圧とオーラの凄い男が勢いよく来たら、思わず道を開けてしまったのだ。子連れやお年寄りが居なたかったため些か強引な行動に出れた、と説明してくれた。




持つべきものは背の高い幼馴染である。そう言ったら何やら複雑な顔をしていたが。




朔夜が自分のキャリーバッグを上の荷物棚に上げた後、陽毬のものも軽々と上げてくれた。いつも上げる時、少しふらつきながらも何とか棚に押し込んでるので助かった。




朔夜が窓側、陽毬が通路側に座る。新幹線が到着するまでは約2時間程。自由席は当然満席で通路には座れなかった人が壁に寄りかかっているのが、遠目で見えた。




朔夜が居なければ、鈍臭い自分はあそこに立っていたはず。陽毬は隣で鞄から引っ張りだしたタブレットで何かを読んでいる朔夜に心の中で感謝の言葉を伝えた。




数時間隣に座るとはいえ、ずっと喋ってないと気まずい仲でもないので、各々好きなことをしている。陽毬は買ったのに読む気が起きず積んでいた本を鞄に捩じ込んで来たので、今日こそ読むぞ、と決めてページを開く。




「……」




パラパラと100ページほど読み進めたあたりから、瞼が重くなってきた。中身がつまらないわけではない。まだ導入部分だが、先が読めずハラハラする展開だ。しかし自分の意思とは関係なく、勝手に瞼が閉じたり、開いたりを繰り返す。




寝そう、眠い。




確かに昨夜は寝不足だった。けれど睡眠時間は普段とさして変わらないのに。多分眠りが浅かった。それは昨夜に限った話ではないが…。




(寝るわけには…)




就業中ならいざ知らず、寝たとして咎める人間はいないのに、今読まないと理由をつけて読まない、だから読むと最早意地になっている節があった。




俯いて、船を漕ぎながらも目に力を入れてカッと開き、直視出来ない酷い顔になってる陽毬に隣が気づく。




「…眠いなら寝ろよ、着いたら起こす」




「…眠くない」




「眠いだろ、なんで意地張る」




「…今読まないと、絶対読まない」




「……」




意味のない意地を張る陽毬に呆れたように嘆息すると、ヒョイと本を取り上げた。




「あ!」




「んな状態で読んでも頭に入らねぇだろ、良いから寝ろ」




聞き分けのない子供を宥める言い草に陽毬は頬を膨らませる。子供扱いされるのは当たり前のことだったのに、何故か心が騒めく。そんな自分に違和感を覚えるも、眠いせいで考えがまとまらない。




朔夜は自分の鞄に本を仕舞ってしまう。これでは返してもらうことは出来ない。もっと粘ることも出来たが、やはり迫り来る睡魔には勝てず。尚も重たくなる瞼が下がった時、抗うことを辞めそのまま瞳を閉じた。








「…ねえ、あの窓側の席に座ってる人かっこ良くない?」




「えー。あ、確かに」




「滅茶苦茶タイプなんだけど、女連れなんだよね」




「あー、それは無理だね諦めな…ん?」




「何?どうしたの?」




「いや、隣の人が寝てて男の人の肩に寄り掛かったんだよ、そしたらあの人」




「それで?」




「…言い表すのが難しいから辞める」




「は?気になるじゃん!教えてよ」




「…言葉にするのも恥ずかしくなるような顔してたの」




「…それって」




「…隣の人のこと好きなんだなーって伝わる顔」




「……」




*********





「…なんの拷問だこれ」




既に取っていた指定席をドブに捨ててまで、今日の自由席を取った。まさか陽毬が一緒に帰省しようと誘うとは思いもよらなかったが、断る選択肢はない。その為なら一万円程度痛くも痒くもない。




朔夜は朝からずっと上機嫌だ。どこかふわふわとした夢見心地で、どれだけ浮かれているのかと呆れるほど。その浮かれっぷりは留まるところを知らない。寝てしまった陽毬がコテン、と頭を肩に預けてきたのだ。近い、首に柔らかい髪が当たり、何やら良い匂いがする。こんなに距離が近くなるのは陽毬が小学生以来だと思う。スウスウ、と寝息に合わせて長い睫毛が上下するのをチラチラと見ていた。




全く無防備だと肩を竦める。陽毬は自分を男として見てないのだから仕方ないと理解してるが、自分の欲望を制御出来るか怪しい。ここが新幹線で良かった、人目が無かったら何をしたか分かったものではない。




朔夜は今更ながら気づいた。藤原家に泊まるということは陽毬と一つ屋根の下だと、当たり前のことに。今までは彼氏が居たり、どうせ恋愛対象として見られてないと諦めていたから何か起こる余地も無かった。




が、今は違う。陽毬にどうにか男として意識してもらいたい、好きになってもらいたいと願ってる身としては、虎視眈々とチャンスや隙を狙ってる。そんな奴が藤原家に滞在する資格があるのか?と良心が訴えかける。




が、元々僅かしか残ってなかった良心より欲望が勝った。結局自分はそういう男なのだ。




長期戦を覚悟していたが、計画変更だ。ゆっくり進めていたら何年かかるか分からないと今日の陽毬を見て思い知った。完全に友達の、幼馴染の距離感。うかうかしているうちに横から掻っ攫われたら目も当てられない。




これを崩すには短期間で一気に攻める方が効果的ではないだろうか。兄としてしか見ていなかった奴からそんな目で見られていたと知ったら、いい意味でも悪い意味でも意識する。そこから攻めよう。




誰も見ていない事をいいことに、陽毬の寝顔をチラリと見ながら朔夜は僅かに口角を上げ、端正な顔に真っ暗な笑みを浮かべた。






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