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18話



明日のこともあるので、空になったマグカップとケーキの乗っていた皿をお盆にまとめ返却口に返して店を出る。ここでも朔夜は時間も遅いのに家まで送ると言い出したので丁重にお断りした。




「大丈夫だって、酔いも冷めたしちゃんと帰れるから」




強い口調で言い切ると、納得してなかった朔夜は渋々といった体で引き下がった。駅に着き電車に乗ると他愛もない話や帰ったからどこに行きたいかといった話をしていた。




満員、とは言えないまでもそこそこ混んでる電車内で朔夜はドア側に誘導した陽毬を守るように立ってくれている。少しだけ距離が近く、妙に緊張した。




(久しぶりに会ったからかな)




変な緊張感を抱いていることを朔夜に悟られないよう、陽毬は平静を装う。そして朔夜が乗り換える駅に着き、ドアの前に立っていた陽毬は朔夜と共に一旦車外に出ようとする。しかし、乗り換える人達の波に押され、陽毬はよろけてしまう。が、バランスを崩すことなかった。朔夜が陽毬の腕をしっかりと掴んでいたからだ。




「大丈夫か」




心配そうに朔夜は陽毬を見下ろしている。




「う、うん、ありがとう」




掴まれた腕はすぐに解放された。腕に気を取られていた陽毬は人の波が去った後、急いで電車に乗り込むと朔夜に軽く手を振った。




「おやすみ、また明日」




「ああ、おやすみ。寝坊するなよ」




「いやいや、昼まで寝ないからね」




朔夜の言い草に少しだけ気色ばむとドアが閉まった。窓越しに意地悪く笑う朔夜が見え、些細なことで揶揄うところは変わらないなと思っていると電車が動き出し、ホームに立つ朔夜の姿がどんどん小さくなっていく。




明日また会うというのに、妙に名残惜しく感じる自分を不思議に思った。






**********





陽毬が彼氏と別れた。




薄々察してはいた。付き合ってからずっと陽毬を独占し、年越しを実家で過ごすことすら許さなかった男が年末に旅行に行くわけがないと。




だが真正面から聞いても陽毬は正直に話してはくれない。要らぬ心配をかけたくないという陽毬の性格を知っている。だから年明けに藤原家で会った時にそれとなく聞き出そうと企んでいたのに、まさか偶然会うなんて予想外だ。




しかし、男に迫られる陽毬を見た瞬間考えるより先に体が動き気がついたら男を引き剥がしていた。思い返しても冷静さに欠けた、大人気ない行動だったと反省してる。後々陽毬と男が仕事中に気まずくなることにまで頭が回らなかった。




けれど仕方がないだろう。ずっと好きで、でも絶対に手に入らない子があんな風に詰め寄られていたら、なりふり構わず助け出すに決まっている。向き合ってた件の後輩には、朔夜の気持ちは筒抜けだったかもしれない。が、彼の立場ならそれを陽毬の耳に入れるとは考え辛い。この件に関しては、あまり何する必要もない、と頭の片隅に追いやった。




久しぶりに会った陽毬は変わっていなかった。やや垂れ気味のまん丸の瞳は酔いのせいかトロンと潤み、透き通るような白い肌は薄らと朱を帯び、言葉にし難い色気を醸し出している。相変わらず可愛い、と思わず状況も忘れ顔が綻びそうになるのをどうにか堪えた。




あの場から連れ出した後、場所を移して陽毬から詳しい話を聞いた。彼氏と別れ、それを知った後輩から告白されたと聞いた時は両者に対し怒りが湧き上がるのを感じた。




陽毬と付き合いながら他の女に心変わりした男、好きならば何をしても許されると言わんばかりに強引な行動に出た後輩、どちらも許し難い。特に元彼に関しては一度痛い目に遭わせてやりたい衝動に駆られたが、陽毬は決してそんな真似は望まない。ただの自己満足だと理解してるから、冷静な振りを装って陽毬の話に耳を傾ける。




しかし、元彼について話す陽毬の表情が妙に強張ってるのが気になる。まるで無理に何でもない風を装っているように見えた。本心を悟られないようにしてると感じた。




(ただの心変わりじゃない?)




考えられる可能性…二股、浮気。




(よし消すか)




真偽も不明なのに暴力的な思考に引っ張られかけたので、必死で感情を抑える。出来れば話してほしいが、陽毬が言いたくないのに無理に聞き出す真似はしたくない。




(やっぱり帰ってからだな)




元彼のことは今は置いておこう。




大事なのは陽毬は今フリー、そして傷心中だということ。




「あること」から拗らせた朔夜が女を取っ替え引っ替えし始めたあたりから、陽毬との間に心理的な壁が出来てしまいそれを改善する術がないまま、彼氏が出来たと本人の口からから報告された時は荒れた。全部自分の行いのせいなのに。それでもどうしようもなくて、陽毬が他の男のものになった事実に耐えられなくて告白してくる相手と適当に付き合っていた。




もしかしたら陽毬が嫉妬してくれるんじゃないか、と馬鹿なことを考えた。当然陽毬は嫉妬なんかしないし、普通に接してくれてはいたが女癖の悪さに呆れてるのが分かった。光からも説教され「陽毬は誠実な奴が好きだから、何があっても今のお前は選ばないよ」と冷めた目で現実を突きつけられ、項垂れるしかなかった。




受験期にすれ違った前の彼氏と違い、今の彼氏とは大きなすれ違いもなく上手くやっていたらしいので、このまま何事もなければ結婚まで行くのかもな、と光が笑いながら言った時は目の前が真っ暗になった。陽毬が名実共に他の男のものになる。そうなればもう、「幼馴染」「兄の親友」という立場の自分は軽々しく関わることも許されない。




流石にもう陽毬のことは諦めるべきなのだと、柄にもなく殊勝なことを考えだした矢先に知った今回の件。




元彼に怒りを抱いたのは本当だが、同時にそれを上回る程の喜びの感情が湧き上がった。別れたのなら、自分にもチャンスが巡ってきた、と。




陽毬は傷ついているのに、その状況を喜ぶなんて最低な人間だ。こんな醜い心の裡を知られたら、軽蔑されて2度と「朔兄」と呼んで笑いかけてはくれなくなるだろう。




彼女だけに許している呼び名を気に入ってはいたが、時折「お前は兄以上の存在にはなれない」と突きつけられてる気分になった。けど、兄のような存在に甘んじているおかげで関係性を保てているのも事実なので複雑な心境だった。




けど、変化を恐れている場合ではない。陽毬は自覚してないがモテる。件の後輩も本人は断るつもりだが、向こうがすんなり諦めるとは思えない。寧ろ傷心の時にグイグイと距離を詰められたら、コロッと靡いてしまうかもしれない。見た目はそれなりに…いや陽毬は顔で付き合う相手を決める奴ではないが、何が起こるか分からないのが恋愛だ。




それだけは駄目だ。陽毬が他の男と付き合うのを指を咥えて見ることは絶対に無理だ。次があったら無理矢理強奪するくらいはやってしまう危険がある。自分がそこまで危ない状態に陥っているのに、妙に心が凪いでいるのが恐ろしかった。




(…もう後悔したくない)




陽毬は朔夜を男として見ていない。その状態から恋愛関係に持ち込むのは至難の業。でもなりふり構ってはいられない。このチャンスを絶対無駄にはしない、と心に決めた。




(ごめんな、陽毬は俺のこと兄としか思ってないのに)




これからの自分の行動を陽毬は迷惑がるかもしれない、だが自分を抑えることは出来ない、とホームで電車を見送りながら心の中で謝罪した。




最初の彼氏も、そして元彼も同じ学校の先輩だった。陽毬は年上が好みなのかもしれない。ならば自分も対象に入る。ここまで拗らせるくらいなら関係性が壊れるのを覚悟で「俺は候補に入らないか」と聞くべきだったと何度後悔したか。結果が悲惨なものになっても、陽毬が朔夜を「もう1人の兄」ではなく「男」だと意識するきっかけを与えられた…とありもしない未来を考えたことは1度や2度じゃ無いと、仄暗い目で過去を振り返る。




朔夜は陽毬をどうやって自分のものにするか、頭の中で計画を立て始めた。



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