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17話



朔夜も自分の行動がやりすぎだったと反省してるのか、目を伏せて何かを考えている。




「…俺も少しやりすぎたところはある。陽毬とさっきの彼が後々気まずくなることにまで気が回らなかった」




悪かったと頭を下げられ、陽毬は慌てた。自分がはっきり断らなかったから、中川がエスカレートして、それを心配した朔夜が連れ出してくれただけ。朔夜は悪くないのに。




「謝らないでよ、私がすぐ断らなかったのが悪いんだから」




「いや、あんな風に詰め寄られて毅然と対応するのは難しい。酔った男だと変に刺激したら何するか分からないからな」




「いや、中川くんはそんな」




「けど、普段と違う態度を取られたから驚いて冷静な対応取れなかったんだろ」




「…」




朔夜の言うことは何も間違ってない。大型犬のように誰に対しても人当たりが良く、穏やかな雰囲気の彼らしからぬ強引さに戸惑い、対応を間違えてしまった。中川が悪いか、それとも陽毬が悪いのかはっきりとは言えない。




確かなのは中川を傷つけてしまった、ということだ。




「…メッセージで一応謝罪しておく、このまま年越すの後味悪いし。正月休み明けたらちゃんと話すよ」




本来ならばすぐにでも面と向かって断るべきなのだろうが、生憎と年末という時期がそれを許さない。明日には実家に帰らないといけないし、今陽毬が中川と改めて顔を合わせる勇気がないのだ。時間を置けば、この気まずさもマシになるかもしれないと期待をしてる。




年が明けたら、中川とちゃんと話す必要があるが今は無理だ。




「それが良いだろ、時期が時期だし。向こうも陽毬に合わせる顔がないと思ってるかもしれないしな。時間を置いたほうがいい」




朔夜は陽毬の考えに同意してくれる。




「…今は正直面と向かって話す勇気ないもん。こういうこと慣れてないから、どう対応すれば良いのかよく分からない」




「慣れてない?陽毬モテてただろ」




「モテてないし、朔兄に言われると嫌味にしか聞こえない」




告白されたことは中学で1回、高校、大学でそれぞれ1回。多いと感じるか少ないと感じるか微妙なところだが陽毬の主観では「普通」だ。




小学校高学年頃からバレンタインのチョコを下駄箱から溢れるくらい貰い、彼女が短期間で代わり一時期「来るもの拒まず去るもの追わず」と女子達の間で囁かれてた朔夜には逆立ちしても敵わない。




「告白されたことはあるけど、今までで数回だけ、モテてるとは言えないよ」




「あーそれな。多分光のせいだわ」




「お兄ちゃん?」




何故ここで兄の名前が出るのだろう、と陽毬は怪訝な顔になる。朔夜は当時のことを思い出してるのか、懐かしむように目を柔らかく細めた。




「あいつシスコンだからな。同級生が陽毬のこと可愛い、紹介してくれって頼むと妹に近づくなって鬼の形相で脅してた。それで大体の奴はビビって近づけなかった…中には猛者もいたみたいだけどな」




それが中学の時に告白してきた男子。当時の陽毬は男女交際に興味がなく断ってしまった。陽毬は裏で兄がそんなことをしてたなんて知らなかった。新たな事実を知らされ呆れ交じりに呟く。




「お兄ちゃん、そんなことしてたんだ」




過保護なところがある兄だが、男避けまでしていたとは。兄は優男風だが上背があるし、いつものほほんとしてるが怒るとそのギャップのせいか本当に怖い。そんな兄に脅されれば引き下がる他ないだろう。




「けど、良かったかも。お兄ちゃんの同級生に好きとか言われても困るもの。あの時年上の男子ってちょっと怖いと思ってたから」




下手に断り、その鬱憤が兄に向かったらと考えると怖がりながらも受け入れてたかもしれない。そうならずに良かったと、今は思える。




「そう言えばそうだったな、最初は俺のことも怖がってたし」




「だって会った時の朔兄本当に怖かったよ、不機嫌そうだったし」




朔夜がう、と押し黙る。思い当たる節があり過ぎるのだ。陽毬が覚えてるのに朔夜が覚えてないわけがない。




「自分でも、あの時は最悪だったと思う。よく光が陽毬と引き合わせてくれたと思うよ」




「本当、当時の私に言っても絶対信じないよ、朔兄と仲良くなってるって」




兄は社交的で、クラス替えがあってもすぐに新しい友達を作っていた。3年生の時のクラス替えで前の席だったのが朔夜だ。常に不機嫌そうな顔で誰とも馴染もうとしない、時折男子と諍いを起こして先生も手を焼いていたそう。近づくなオーラを発していたが、成績が良く当時から顔立ちが整っていたので影で朔夜に憧れてる女子が一定数いたことで、男子から目の敵にされクラスで浮いていた。




だが兄はそんな雰囲気なんて全く気にせずに朔夜に話しかけ、あっという間に仲良くなってしまった。あまり家に居たくないと言う朔夜を兄が家に連れてきて、陽毬と出会った。




が、人見知りで特に兄以外男子に対して苦手意識があった陽毬、不愛想で目つきが悪く家庭のことでイラついていて不機嫌、その上年下の女子の相手なんてしたことのない朔夜。当然ファーストコンタクトはぎこちなかったが、兄が間に入り中を取り持ってくれたおかげで仲良くなれた。




そうした付き合いが続き、今向かい合って喋っている。2人だけでこんなに話すのも久しぶりだ。龍司とあんなことになったのは本当に悲しいし悔しいが、幼馴染と気兼ねなく話せるようになったのは唯一と言っていい利点だと思う。




「と、いうわけで私はフリーになったわけです。恋愛は暫く良いや。取り敢えず実家帰ってゴロゴロします」




「真面目な顔で言うことかよ」




今年の抱負を宣言するテンションでごく普通のことを告げる陽毬に朔夜がクスッと笑う。




「朔兄もうちに泊まるんでしょ?」




「ああ、今年も世話になるよ。どうせ実家に帰っても誰も居ないから」




淡々と紡がれた言葉の後半に虚しい響きが加わり、朔夜の目にも虚無のようなものが垣間見えた。彼にとっては藤原家の面々が家族だと、理想の家族だと以前語ってくれた。朔夜の生い立ちに胸が締め付けられると共に、そこまで言ってくれることに嬉しさが込み上げる。




「私明日の昼帰るんだ、朔兄はいつ帰るの」




ふと訊ねると朔夜は間を置いた後、こう答えた。




「…俺も明日の昼の新幹線」




「え、そうなの。凄い偶然。指定席?」




「いや、自由席」




「じゃあさ、一緒に帰らない?」




無意識に口に出していた陽毬の提案に、朔夜は驚き切れ長の目を見開く。




「…良いのか」




「うん」




陽毬はフリーでお伺いを立てる相手もいない。朔夜と一緒に帰省しても咎められる筋合いはないはずだ。




朔夜は表情を和らげ、目を細める。喜んでいるみたいだ。




「じゃあ明日昼前、11時くらいに迎えに行くから」




「え、良いよわざわざ。東京駅で待ち合わせすれば」




「お前、方向音痴だろ。東京駅で待ち合わせしたら絶対会えないぞ、絶対」




2回も言った。そして陽毬がやや方向音痴気味で東京駅に行く度に迷うのも事実。というか田舎育ちがあんな迷路を攻略出来る気がしない。




ならば途中乗り換える駅の改札で待ち合わせすれば良いのでは?と提案しても朔夜は頑として首を縦に振らない。意外と朔夜は頑固だ。結局朔夜が迷惑ではないのなら、と甘えせてもらうことにした。




「朔兄と2人で出かけるの、本当に久しぶりだね」




「そうだな、いつも光と3人だったからな」




「なんか昔に戻ったみたい」




陽毬が小学生の頃は朔夜と2人で出かけることも珍しくなかった。そんな陽毬に女子達が厳しい目を向けることは多かったが、「幼馴染で光の妹だから」と女子達に陽毬に何かしたらただじゃおかない、と牽制してくれたおかげでトラブルに巻き込まれることは殆どなかった。殆どなので多少はあったけれど。




そう言えば陽毬が中学生になったあたりから朔夜の女性関係が派手になったとふと思い出す。朔夜はここ何年も恋人がいない、と兄経由で聞いている。恋人がいれば陽毬と共に帰省するわけがないからだ。年を重ねて落ち着いた、ということだろうか。




簡単に踏み込める話題ではないから口には出さないが。








「…昔ね、俺は昔のままでいるつもりはねぇよ」




そんな小さな呟きは誰も耳にも届かなかった。







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