14話
「…陽毬?」
自分を呼ぶ声のする方向に視線を向けると、ベージュのコートを着込んだサラリーマンらしき男がこちらを見ていた。
その声の主を陽毬はじっくりと見つめる。
「…朔兄?」
メッセージのやり取りはしてるが、直接顔を合わせるのは久々な幼馴染だった。短く整えられた黒髪に精悍な顔立ち、そして切長ながら色気のある瞳。間違いなく朔夜だ。
「え?」
ポツリと陽毬の口から溢れた呟きに中川はハッとして振り向く。朔夜は陽毬と中川を交互に探るように見た後、眉間に皺を深く刻んだまま大股でこちらに近づいてくる。脚の長い彼の一歩は大きく、あっという間に陽毬の元まで辿り着くといきなり中川の肩に手を置き、グイと引き剥がした。予期せぬ乱入者に中川は呆気に取られるも、すぐに体制を整え彼を睨む。
「な、何するんですか!」
「それはこちらの台詞です。女性に強引に迫るなんて人としてどうかと思いますよ」
一切の温度を感じさせない冷たい瞳の朔夜に容赦なく非難された中川は口をパクパクと開閉させながら、狼狽える。
「ご、強引に迫ってなんか」
「自覚が無い?彼女、とても困ってますけど分からないんですか?酔っていたとか、そういうのは理由になりませんよ?」
尚も冷たい声音で言い募る朔夜に中川は萎縮してしまい、さっと陽毬から距離を取る。それと同時に中川との間に朔夜が入り、陽毬を守るように立ち塞がりこちらに振り返った。
「大丈夫か」
中川に対してとは全く違う、優しい声音で陽毬を労る。陽毬は状況についていけない中、ぎこちなく頷いた。
「…同僚か?」
「うん、帰り途中まで送ってくれるって…」
そこから先に何が起こったか、詳細に話さなくとも朔夜はなんとなく察しているようで、今度は所在なさげに佇んでいる中川に視線を向けた。朔夜は鞄の中から名刺入れを取り出すと彼に差し出す。
「…先程は失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません。俺はこういう者で陽毬…藤原さんとは古い知り合いなんです」
おずおずと名刺を受け取った中川は「タカナシエレクトロニクスの営業…!エリートじゃん…」と慄き、名詞と朔夜を交互に見やる。陽毬に告白していた時とは別人レベルで勢いがなくなり、朔夜に押されていた。
この場は完全に朔夜が支配してしまっている。
「彼女のこと、送ってくれようとしてたみたいですね。陽毬のことは俺が送っていくので安心してください、では」
声に言い返せない圧を感じさせる朔夜は軽く会釈をし、陽毬の手を取るとその場から歩き出す。
中川は名刺を手にしながら、ポカンとしたまま陽毬達を見送ることしか出来なかった。




