13話
「俺、藤原さんのこと途中まで送っていきますよ。藤原さん埼京線ですよね、俺もです」
陽毬と清川より少しだけ背の高い栗色の髪をおしゃれに整え、溌剌とした目元が印象的な男性。さっき陽毬の話に反応していたグループにいた1人、後輩の中川だ。席が隣なので彼についていた教育係の先輩とは別に、陽毬は色々と話す機会があった。
彼は企画、もしくは営業志望だったのに内勤に配属され最初は何処かやる気が見られなかった。当然周囲に悟られる態度は取らないが、仕事に不満を感じているのがなんとなく分かった。
このまま放置していたら、何れミスを犯すと思った陽毬は総務がいないと会社が回らないとかなんとか、それっぽい言葉を並べて中川に仕事への活力を見出させた。真面目な仕事ぶりを見せ続ければ、何れ企画、もしくは営業に異動という可能性もある。少なくともやる気を感じられない態度のままでは、チャンスは決して訪れないし自ら掴む事すら出来ないのだ。
陽毬は世話を焼く方では無いが、初めての後輩が初手から燻っているのを黙って見続けるのも忍びなかったので、そのような行動に出た。以来中川が仕事中でも休憩時間でも話しかけてくる。多分仲は良いと思う。大型犬みたいで明るく、話しやすい人だ。
だが、彼がこんな申し出をするとは、と陽毬は驚いていた。それは清川もで、彼女は悩んでいる。その視線は「陽毬に変なことしないか」と疑っているのが丸わかりだ。
「…藤原さん、中川くんこう言ってるけどどうする?」
彼女は陽毬にどうするか任せることにしたようだ。
(どうしよう、無理に断ると感じ悪いかな)
清川は酔った陽毬に中川が何かするのでは、と警戒しているがその心配はないと見ている。彼は陽毬の知る限りでは悪い噂は聞かないし、そんな真似をするとは到底思えなかったからだ。
「…じゃあお言葉に甘えて」
中川は嬉しそうに笑った。
21時過ぎ、夜はまだまだこれからだと言わんばかりの喧騒の中2人は駅に向かって歩いている。何処の会社も仕事納めなのか、飲み会に参加してたであろう会社員とばかりすれ違う。
「藤原さん、気分悪いとかないですか?」
「大丈夫、ありがとう」
「結構飲んでましたね、あんなに飲むなんて意外です」
確かに会社の飲み会で羽目を外すことはまず無い。彼からしたら今日の陽毬は珍しかったのだ。
「色々あってね、つい飲み過ぎちゃったんだ」
「…それって彼氏さんと別れたからですか」
真剣な声でそう聞かれて、咄嗟に言葉が出なかった。中川は申し訳なさそうに苦笑する。
「すみません、会話の内容ちょっと聞こえてて」
「…まあ、結構大きな声で話してたからね」
自分では声をひそめてるつもりだったが、酔っ払いの話し声が小さいわけがない。聞かれてたとしても文句は言えない。そこに触れてくるとは予想してなかったので、動揺はしたが。
「…俺、立候補しても良いですか」
「…ん?」
「あ、俺だと元彼見返すとかは無理だと思うんですけど。それは抜きにして彼氏に立候補、したいです」
陽毬は壊れたロボットみたいなぎこちない動きで隣を歩いてる中川の顔を見上げた。
ふと、彼が立ち止まりつられて陽毬も立ち止まる。道の端を歩いていたので、通行人の邪魔にはなっていない。
中川がとても真剣な表情で自分を見下ろしていた。目元がほんのり赤いのは、酔いのせいだけではない、と思う。
「えーと、それは」
「藤原さんのこと好きです」
真正面から、どんな誤魔化し方も通用しないストレートな言葉をぶつけられ陽毬は固まった。
「俺、チャラそうって思われがちなんですけどこう見えて一途なんで。配属されてからずっと藤原さんのこと好きで。でも彼氏いるって聞いたから諦めてたんですけど…元彼みたいに藤原さんを傷つける真似絶対しません。だから付き合ってもらえませんか」
うまく頭が働かない陽毬に対し中川は言葉を重ね、そして無意識なのかジリジリと距離を詰めてくる。思わず後退った。
(急にそんなこと言われても)
晴天の霹靂とはこのことだ。即座に断らず、咄嗟に口籠ったのが色好い返事を考えてる、と解釈されたのか中川との距離が更に縮まる。ついには陽毬の背中に近くの居酒屋の外壁が当たった。
まずい、と陽毬は危機感を募らせる。中川は穏やかだと思ってたが、やはり酒が入ってるのか些か強引だ。こんな追い詰める真似、平素なら絶対しない。酒の勢いで告白し、そのせいで気が大きくなっているのだ。側から見たら陽毬達はどう見られてるのか、考えると頭が痛い。
周囲を見渡すと、店側に固まって会話をしてる男女はそこらかしこにいる。自分達が悪目立ちしてるわけではないのが、幸いと言って良いのか。
「な、中川くん取り敢えず離れようか」
この適切ではない距離をどうにかしようとやんわりと説得を試みる。
「…それ、やっぱ俺だと駄目ってことですか」
だが彼は早とちりして、陽毬が断ったのだと受け取った。
(そういう意味じゃ…いや、当たってる…)
あながち間違いではない。すぐに返答出来なかっただけで、陽毬は断るつもりだった。しかし、みるみる血の気が引いていく中川の顔色を見て躊躇いが生まれる。
だが隙を見せたのがよく無かったのか、中川は尚も前のめりに距離を詰めて、陽毬は上背のある彼の身体に覆われてしまう。自分を見下ろす彼の瞳に確かな熱を感じ、落ち着かない心地になる。
「…すぐ断らないってことは期待して良いんですか」
「中川くん、一回落ち着こうか」
「落ち着いてますよ」
「落ち着いてないよ酔ってる。何処かで酔い覚ました方がいいよ…このままだと絶対後悔するから」
「後悔なんてしませんよ、言ったじゃないですかずっと好きだったって。チャンス逃したくないんですよ」
一歩も引かない中川に、平行線の会話。時間だけが過ぎていく予感が頭をよぎった時だった。




