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宗教上の理由  作者: 儀間朝啓
第三章
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その七

 「おねーさんたちー、はぴほりー!」

アタシたちが着いてからしばらくして、希和子さんの双子の娘、愛香ちゃんと恋香(れんか)ちゃんが帰宅。アタシ達のことを、おねーさんと呼んでくれるのがちょっと照れ臭かったり嬉しかったり。

 ちなみに「はぴほり」というのは欧米でクリスマスから新年の時期に使われる「Happy horiday!」という挨拶を略したもので、最近のコノハナで流行ってるらしい。

 二人とも村営のスキー場で遊んできたのだとか。そしてスキーウェアのままバスに乗って帰宅。小学生の子どもが気軽に滑りに行けるのは、ウィンタースポーツ好きにはとても恵まれた環境だと思う。

 嬬恋家では、ご飯の前にお風呂というのがおうちルール。そして寒い中で滑ってきた二人に先に身体を暖めて欲しいのだけど、アタシ達が客人だからお先にどうぞとすすめてくれる。本当にいい子達だと思う。

 あまりにも熱心にすすめてくれるので、お先にお風呂をいただく事にした。このはな村のお水は硬度ヒトケタの超軟水。お肌がすべすべになりそうな感触で、いっぺん入って以来、気に入ってたりして。


 アタシ達が順番に入浴している間に、希和子さんの夫、すなわち双子のアイちゃんレンちゃんのお父さんこと、裕也さんがご帰宅。すぐさま子ども達と一緒にお風呂へGO! あーなるほど、二人がお風呂を快く譲ったのは、内心家族風呂状態を望んでいたのだなと納得。ま、そろそろ父親と一緒のお風呂を嫌がる年頃になるわけだけど、今のうちに家族で楽しむが良いよ、うん。


 そして夕食。

 希和子さんも真耶ちゃんも、とても気を使ってくれて、口に合わない物を出しちゃまずいからって、アタシ達全員の好き嫌いとかを事前に尋ねてきた。

 アタシはこの家は二度目だからともかく、他の二人は初めてだし、まして山下のヨミちゃんは横浜のお嬢様大学に通う額面通りのお嬢様オブお嬢様なので、庶民の食べ物がお口に合うかしら? 的な心配もあるだろうと思う。

 でも、その心配は無いだろうことは分かっているので、そう伝えておいた。だってピュアピアショーは一日仕事で、昼食を挟んでのニステージが標準パターン。その間の昼食は大体会社負担のお弁当で、お値段も高くない。

 それに、アタシは思う。本当に「お嬢様」と呼ばれるにふさわしい育ちの良さを持つなら、どんな食べ物でも出された以上は有り難く頂戴するはずだ。


 「お口に合えば良いんだけど。こんな山奥の小さな村のことだから、質素な食材しか無いのよね」

希和子さんはそう言い訳しながら食卓にアタシ達を招待してくれる。エプロン装備でお手伝いに奔走中の真耶ちゃんも、

「苦手なものがあったら言ってね。もし何か食べたいものあるなら、あたし、作るから」

なんてことを言う。

 でも、嬬恋家の、いや、このはな村の食文化は、経済的尺度では測れない豊かさを持つことをアタシは知っている。それが証拠に、出てくるおかずのどれもこれも好評で、希和子さんの心配は杞憂に終わった。ま、アタシは当然の結果だと思うけど。


 木之花村の民俗誌をひもとけば、この地の近世の食生活について、現代語訳で読むことができる。

 「この幾重もの山々に囲まれ、人里と隔絶された原野は、夏もなお涼しく冬は極寒、雨水も雪解け水も赤土に深く染み入り、作物としては米はおろか麦の生育すら覚束ない。百人にも届かない村の人々は雑穀を主食とするも、それでも足りずに野に生える草や木の実、はては獣の出す乳までも口にして空腹を満たす。海から遠い地であるから塩などの調味料は貴重品で、食の保存にはもっぱら酢などを用いる。村人はそのような粗食に耐えながら、神に仕えている」


 とまあ、この村の食生活の貧しさに驚嘆するさまが記されている。これは旅の中途で立ち寄った国学者による文章で、当時この村は相当に貧しいと捉えられていた事がわかる。

 しかし、その頃の価値観からいったん離れ栄養学的にこれらの食料を見てみると、貧しき村というレッテルを鵜呑みにはできなくなる。

 米中心の経済において、それを手に入れにくい農村は貧乏だと言えるのかもしれない。だが、それに代わって多様な雑穀を主食とするならば、白米ばかりの食卓よりも栄養面では豊かなのではないだろうか?

 また、ここでの「草」という表現は実のところ、野菜や山菜を意味する。ほかにも、草の根を食すという記述もあるが、これは根菜類であろう。江戸では見られない種類や形状の作物が多く栽培されていたことが研究の結果わかっている。

 更に、貴重であるがために塩分の摂取量も少なく、一方で酢などの発酵食品が多用されることも健康面からすぐれた食生活であり、極め付けは「獣の乳」。これはまさに牛乳のことで、山間部では不足しがちなタンパク質やミネラルの貴重な供給源であったと考えられる。

 つまり、昔のこのはな村の食事情は、貧相な見かけとは裏腹に、健康をもたらす豊かな栄養に恵まれていたと考えて良い。

 上っ面だけの歴史認識は、この村には通用しない。


 本日のメインディッシュは鮭のホイル焼きで、他にも酢の物や漬物などが並ぶ。多くが保存食に由来するもので、鮭が好んで食べられるのも日持ちする新巻鮭が重宝された名残りらしい。

 素材をパッと見渡した限り、安価な食材ばかりを使っているように見える。しかしそれらは、値段では計りきれない豊かさを、味と栄養の両面で持つ。村で手に入る食材はどれも自然の中でのびのび育っているのだから。

 事実、お金持ちのお嬢様であるヨミちゃんも、箸がさっきから止まらない。

「お野菜が、美味しいです」

彼女はスーパーやコンビニのお弁当がショーの昼食になると、あまり食が進まなくなる。曰く、

「おうちで食べてるのと、味が違うんです」。

へー、所詮お嬢様とやらにはやっぱ庶民の味覚は合わないんだねー、と内心冷たい感想を抱いたこともある。でも本当のお嬢様はしつけがキチンと出来てて、ゆっくりでも残さず食べるのはえらいと思ってた。

 ところが、下町の八百屋が作ったお惣菜だとか、田舎の露店で売ってる野菜とかを口にしたヨミちゃんは目を輝かせる。美味しさを舌で知っているのだ。

 このはな村は野菜の一大産地で、価格の割に品質も申し分ない。そのことを、お嬢様の舌は鋭く見抜いた。


 なおついでに。

 育ちが良いというのは、お金持ちの家に産まれることと同義では無いし、家柄が良いという事でもない。

 というのも、ヨミちゃんは時々、真耶ちゃんの食事などの仕草に見とれていることがある。そして、

「嬬恋先輩は、とても良い育ち方をされたのですね」

とつぶやく。

 ヨミちゃん自身、いわゆるご令嬢として育てられただけに、それを見抜くことも出来るらしい。

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