その五
五
わたしがコノハナに住み始めたのは、中学生になったばかりの頃だった。
幼い頃に父が病気で亡くなり、一人でわたしを育ててくれた母も次第に病気がちとなり、子育てと仕事を両立させていくことは困難になった。
祖父母や親戚の元に預けられるという話もあったが、母のきょうだいは子だくさんな家庭が多く、祖父母がその世話に既に加わっているのに育児の人手はいっぱいいっぱいだった。
まして、わたしの身体には障害がある。下半身の発育が阻害され、装具というサポート器具を付けないと立ち続けることも覚束ない、そんな子どもを育てる負担を身内にかけられない、そんな母の気持ちにも気づいていたし、わたしは施設に入る覚悟をしていた。
ところが、そんなわたしの里親になってくれるという人が現れた。わたしは木之花村という所を初めて知った。日本屈指の高原リゾートと温泉保養地の狭間に隠れるようにひっそりたたずむ小さな村だけど、世帯数に対する里親受け入れ家庭の比率は日本一だと聞いた。
わたしを引き受けてくれた家も里親の実績があり、わたしへの接し方も手慣れた上に暖かかった。学校もわたしのような子どもに、しっかり配慮をしてくれた。
わたしが入学したとき、真耶さんは中学三年生。出会いは部活動で、運動部は無理だろうと思ったわたしが家庭科部の門を叩くと、真耶さんたち先輩部員が歓迎してくれた。
木之花中は男子は学ラン、女子はセーラーを制服と定めていた。わたしのように他の地域から里親家庭に迎えられる子が多いので、もっとも一般的な形の制服に決めたのだという。
入学したてでもあり、まだ着慣れない自分の制服姿と比べて、先輩たちの着こなした姿は素敵だった。なかでも真耶さんのセーラー服姿は制服カタログのモデルか映画に出て来る女学生か、というくらい板についていた。
真耶さんはとにかく目立つ存在で、それは白人の血を引くために受け継いだ天然の金髪と青い眼のせいもあるが、立ち居振る舞いがおしとやかで、きらびやかで、美しかった。
天狼神社の神使といえば村ではその人自身が信仰を受けるような存在であり、それにふさわしい気品を、真耶さんは備えていた。
真耶さんが、実は男子だと知るのに時間は掛からなかった。だがそれは当の真耶さんが出会ったその日にそれを明かしてくれたから。隠していればずっと気づかなかったろう。
それは真耶さんの外見や言動がまるっきり女子のそれだということもあるが、校内でも完全に女子扱いされていたこともある。
友達はみんな女子だし、体育は女子と一緒、更衣室も女子用を使うし、もちろんトイレも。それは、天狼神社の神使はオオカミの意志を受けた人間の少女、という認識が学校どころか村全体で共有されていたからで、誰もそれに対して疑問を挟まなかった。
真耶さんはいわば、宗教上の理由によって「少女」になった。だからそれは例えばオトコの娘だとか、トランスジェンダーとかの既存の表現とは違うと思う。
真耶さんは乳幼児の頃から女子として育てられた。嬬恋家のみならず、天狼信仰を持つ村の人々、それどころか公立の小中学校でも真耶さんは女子扱いだった。
それを本人も受け入れていた。制服はセーラーだったし、
でもいつか、その時はくる。
自分の性を自分で決めるべき時が。その時、真耶さんはどんな選択をするのか。
というか、既に色々悩んではいるようだけど。
後輩のわたしが偉そうに言うのも何だけど、いい加減、本音で生きたら? って思う。
どっちつかずが一番つらいと思うんだけどな。
——
キャラクターショーのお仕事は、年末年始が稼ぎ時である一方で、学生バイトさん達の帰省と重なりもするので、キャストの確保に苦心するのが常。
……というのも、過去の話になったのかもしれない。
ここ何年か、年末年始のショーの受注は減ってきている。うちのお得意様が偶々そうなのかもしれないが、元日、加えて翌日の二日、更には三が日店舗を閉めるところが増えているためだ。
人手不足で人が確保出来ないとか、またそれの解消のため、待遇改善を図っているなどの理由もあるかと思う。
その一方でうちの場合、何故か盆も正月も関係あるかの勢いで、シフトに勤務希望のマルをどんどん入れて来る子が多い。
冬休みこそ稼ぎ時だとばかりに働きまくる学生さんは昔からいた。でもその割合が高くなっているようにも思えて、もしかすると年の終わりと始めはおウチでゆったり、という考えが薄れてきているのかもしれない。
当社の場合、キャストの多くは大学生なのも関係している。だってわざわざ国民的大移動のピークに帰省や旅行をあてなくても、後期試験さえ終われば長い春休みが待っているのだから。
「飛行機、高くない?」
「新幹線だって満席ばっかだよ?」
というわけで、大抵の子達がお正月はお仕事か、おうちで過ごすことを選ぶ。地方出身の子は里帰りを延期する。
我が社のスターキャストの一人である嬬恋真耶さんも、当初は正月返上で働く気満々だった。ところが勤務を希望しても入れないキャストが多いという状況をみて、帰省することを決めた。
人手が足りないなら自分が働く、余っているなら身を引く、もともと自分より仲間のことを気にかける性格の子だけど、この職場での経験が長くなってきてからは、後輩に経験を積む機会を持たせようという気持ちが増してきているようだ。
嬬恋さんは、第二のふるさと木之花村に帰るのだという。私のふるさとでもある木之花村は一応観光地ではあるけれど、周りに有名すぎる観光スポットが沢山あるのでそこに紛れて目立ちにくい。でもそれが帰省ラッシュの時期には幸いして、混雑を避けながら帰ることが簡単にできる。
そして、そんな話が広まるといつしか、
「私も真耶さんのふるさと、見てみたいです!」
「真耶先輩のおうちに、行ってみたいです!」
なんて子も現れてくる。
キャスト同士の仲が良いのも我が社の特長で、みんなで旅行に行くこともある。まして嬬恋さんは後輩からの人望が篤いというか、懐かれやすい。もちろん嬬恋さんも、それを断らない。
というわけで、お正月を利用してのこのはな村ツアーが挙行されることとなった。




