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宗教上の理由  作者: 儀間朝啓
第三章
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その四

 ピュアピアキャラクターショー、秋の高原リゾート二日間、無事お開き。

 とにかくみんな頑張ってくれた。


 この三連休のあいだに、随分季節が進んだ気がする。我がふるさと木之花村も、きっと秋から冬へと季節の移り変わりを待っている頃だろうな。


——


 コノハナの観光協会に、最近こんな問い合わせが増えているという。

「クマは出ますか?」


 今年は人里にクマが多く出没し、人間に危害を加える事件も頻発していると、連日マスメディアで報じられている。

 木之花村もまた、それらの地域と似た環境にある。観光にしろビジネスにしろ、豊かな自然に囲まれたこの村を訪れようとする人が、野生のツキノワグマとの遭遇を恐れるのは無理もない。

 だが今のところ、それに対する村の公式見解は、

「今のところ目撃されていない」

という、曖昧にも聞こえる答えでしか、ない。

 

 獣害も自然の脅威と言えるのだから、それに対する一般的な備えは必要なので、

「屋外に生ゴミを放置せず、ゴミ出しの際は回収ボックスに入れて、しっかりフタを閉めてください」

「夜間の外出は特に注意してください」

「庭や畑に果物や木の実が収穫されずに残っているとクマの餌になります。放置せず、収穫や処分をしてください」

といったお知らせが、コミュニティFMの電波に乗ることも増えている。

 でも実際のところ、木之花村で人がクマに襲われたという記録は過去何十年と遡っても発見できないし、そもそも人の住むところで熊が目撃されたという話も公的には残っていない。

 もちろん山林を分け入って奥へ奥へと入っていけば遭遇する可能性はあるだろう。だが逆に彼らが山から降りて来た形跡がないということは、これまでの地道なクマ対策が功を奏して来たのかもしれないし、今後、状況は変わるかもしれないし。


 サテライトスタジオから外に出てみると、久々の青空にやわらかな日の光。標高千四百メートルを超えるこの地には既に冬の気配が訪れているので、暖かな陽射しはむしろ小春日和のようでもある。

 こういう日にまっすぐ帰るのももったいない。今日は行けるところまで歩いて帰ろう。


——


 紅葉も盛りを過ぎて、山肌には木の枝と幹の暗色が目立ちはじめた。

 村を取り巻く山々には、こういった雑木に属する木々が多く育つ。これらは金銭的な価値には欠けるが、木材としての需要の高い人工の針葉樹林に比べると、生き物にとっては豊かな森なのだという。


 人が暮らすエリアに野生の動物がちょくちょく顔を出すのもコノハナの良い所だし、それを期待してやってくる観光客も少なくない。それも村の森が野生動物が育つに良い環境であることと、無関係では無いだろう。

 またもう一つ、コノハナの村人が野生の生き物を敵視せず、むしろそれらを神ないしは神にまつわる生き物として大事にし、共存する緩い信仰が共有されてきたからだという説もある。

 だがその一方で、村ではサッパリその形跡すら見せない動物もいる。クマ以外でも、シカ、イノシシといった手合いは、その気配すら見せない。

 イノシシがいないのは、この村の極端な寒さのせいだとも言われているが、シカは条件的に生息していてもおかしくない。


 ところでこの村の村社の名前はズバリ「天狼神社」。オオカミを神として祀り、人間をその使い、すなわち神使としている、おそらく日本で唯一の神社。かつてコノハナでニホンオオカミが目撃されたという文献も残っているから、神獣から神様に昇格したという(いわ)れにも納得がゆく。

 いっぽうで、コノハナに居そうで居ないケモノたちは、いずれも他地域において神使の役を果たしている。彼らは、絶滅したとされるニホンオオカミとは異なり、今なお国土の里山をしばしば訪れる。


 これらの事実から、ある推論を立ててみる。

 オオカミは人間にとって害獣か否か、といえば少なくともこの村では否、であった。だからこそ神様として奉られるのだろう。

 オオカミは狩りをする。その対象はまさにシカやイノシシである。今はともかく、かつてはそれによってシカの数量が抑制されていた可能性もある。

 オオカミの獲物たちは畑を耕し、山の恵みを頂いて生きるコノハナの民にとっては(まさ)しく害獣である。


 もちろんそれはコノハナの山の民の理屈であり正義なので、他の地域では事情が異なる場合もある。

 と、いうことは。


 もしコノハナの村人がシカに遭遇したならば?


 きっと、

「他所様の神使様が我が村に迷い込んだ、これは大変だ」

と判断される。そして、

「正しい場所にお返しせねば」

と、信心深い村の人々は考える。なる。だが、お返しすると言っても、昔むかしは交通僻地たること極まりなかった山奥の村からでは、リアルに神使様の身体を返すのは難しい。


 そこで。

「肉体はさておき、魂をお返しする」

のが、正しいと解釈される。


 というわけで、山から村に降りて来たシカもクマも、人間様の手によって本来いるべき場所にお返しされ(魂のみ)、在るべきではない土地コノハナに残された魂の抜け殻(神使様のおはしました身体であるからには決して屍体と呼ぶ勿れ)は有り難く使わせていただく。

 こうして、コノハナの里に降り立つ「高貴たる神の使い」は選別されていったのだろう。


——


 突然、日の光が遮られた。視線を空に移すと、巨大な翼がわたしの頭上を横切っていった。

「キンワシだ」


 日本在来の猛禽類のなかで最大級の体長を持つのがイヌワシである。ワシとタカは似ているけれど、一般にワシのほうが身体は大きく、オオタカよりもイヌワシの方が巨大だ。

 なぜイヌワシと呼ぶかは諸説あるようだが、何かの点で近い種の動物より劣るときに「イヌ」という言葉が頭に付くらしい。犬としては、はなはだ失礼な話だ。もっとも、この場合のイヌは天狗に関係するとの説もあるが。


 ところで、イヌワシの英語名はgoideneagleという。イヌについての評価はさておき、黄金の鳥だなんて、格好いい呼び名ではないか。

 事実、イヌワシはその棲息地域において、しばしば生態系の頂点に立つ。クマの出ないこの村で、最も幅を利かせている肉食動物は彼らだろう。

 コノハナは近代以降、外国人が多く住み着いた。彼らがイヌワシの事をdoggyeagleと呼ばないことから、いつしか古くよりここに住む村人もそれにならい、彼らをキンワシと呼ぶようになった。その勇壮な姿を見慣れている村人は、そのほうがふさわしいと思ったのだろう。

 いま、イヌワシ、すなわちキンワシの数は減って来ているらしい。そんな中、比較的開けた平原の多いコノハナは彼らの貴重な生息地になっている。


——


 けっこう歩いた。そろそろバスに乗ってもいいかなって頃合いにバス停がちょうどある。村営バスはこまめにバス停を設けているから当たり前なのだが。

 天狼神社の神たるニホンオオカミは絶滅したとされている。天狼神社では神使どころか神として奉られる存在なのに、滅びてしまった。

 ニホンオオカミの種としての不在を埋めるかのように、村を見回るように空を滑ってゆくゴールデンイーグルが、バス停のベンチから見える。

 そのニホンオオカミが神となり、それに代わる神使の座を託されているのが、天狼神社を守る嬬恋家の一族。

 現在、神使の役目は真耶さんが務めている。神様の御使いだから、誰でもなれるわけではなく、神使が遣わされるべき時にこの世に生を亨けた者がその栄誉に(あずか)れるというか、神が必要だと決めたから神使がこの世に授けられる、という方が正しいのだろう。

 そして神使は、人間の少女と決まっている。神となったオオカミがメスだったから、だとか。したがって、天狼神社の神使は、女子である。

 もし、神使が産まれるタイミングに、男子が産まれてきたとしたら?


 いや、女子だから。


 男子に見えても、女子だから。

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