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宗教上の理由  作者: 儀間朝啓
第三章
33/38

そのニ

 さて、今回のチーム唐沢の顔ぶれは。

 まずリーダー兼MCである私こと唐沢の下には、サブリーダー兼音響兼会場スタッフの鷹野さんがいる。大学を卒業してからは一旦就職のため現場を離れたが、寿退社を機に戻って来てくれた。

 そしてキャスト。ここ何年もピュアピアのメインキャラクターはピンクの子と決まっている。今回その大役を担うのはキャリア二年目の山下さん。彼女は横浜の超お嬢様学校に幼児期からずっと在学している、文字通り良家の令嬢で、日頃の動作からして高貴なたたずまいが(にじ)み出ている。

 キャラ設定で見れば、おしとやかさを持つブルーのポジションに似つかわしいようにも見えるが、ここは安定した演技力とグリーティングのしんがりで子ども達を満足させながら早く列を捌く技をもつ嬬恋さんに任せたい。

 そして三人目のピュアピアは、キャリア四年目の柴崎さんが演ずる。彼女は現在大学四年生で就職も内定したので、毎週出られる限りステージに立ってくれている。


 さらに、ピュアピアには毎年「追加戦士」がいる。一年を通じて放映されるシリーズの中で、夏頃に新たなピュアピアが加入するのだ。テコ入れ的な意味合いなのだと思う。

 今年は二人のピュアピアが新たに加わった。この役には中堅キャストの大橋さんと小島さん。大橋さんは女子大を卒業後、別の大学院に進学。学部生のゼミを指導しているときに、キャラショーに興味があるという小島さんをスカウト。つまり、今の当社には珍しい共学の大学からやって来たキャスト。

 そして、敵役を務めるのは期待のルーキー二名、矢川さんと烏丸(からすま)さん。彼女たちが期待を集める所以は、それぞれが都内に二つある女子体育大学の一年生だから。体育大学ということはつまり、体力がある。しかも二人とも元々は同じ高校の体操部出身なので、身のこなしもダンスも覚えが良い。


 通常、キャラショーの成り手は時間の融通が効く学生もだが、プロのスーツアクターやその志望者も多い。あとは体操教室やダンススタジオからの紹介やそれらからのスカウト。

 専業のスーツアクターが増えたせいか、下積みのタレントに着させるというケースは余り聞かなくなった気がするが、劇団員などがアルバイトで着るケースはある。

 ただ弊社のように人材募集の場を限定させてしまうと、いきおいその中のエリートは体育系の大学やサークルに所属する子になるわけだ。


 そして矢川さん、烏丸さんのコンビを見ると分かるが、体を動かすのが好きだし、そのための勉強に熱心な子が多いように感じる。ピュアピアを演じるうえでのコツを積極的に先輩達に聞いたりしているのは良い傾向だと思う。

 私がいつも遠征先に過去に行われたショーのアルバムを持ってくるのも、新人たちに目で学んでもらおうという意図がある。もっとも、いつのまにか先輩たちも混じってのピュアピア着ぐるみ鑑賞会になってしまうのが常ではある。

 それでも、ショーに興味を持ってくれるのは有り難いし、こうやってキャスト同士の親睦をはかり、同時にメルヘンショーへの興味を高めることはとても有意義だと思う。

 でもあくまで仕事のための前泊なだから、あまり羽目を外されても困るし、その点は中堅やベテランのメンバーはわきまえているので、お酒も程々に、と心得ている。

 ところが困ったことに、無意識のうちにこのバランスを崩してしまうベテランキャストが、一人だけいる。


——


 過去のアルバムを鑑賞しているキャスト達のあいだでも、特に嬬恋さんの扮するピュアピアは好評で、彼女のスーツアクターとしてのスキルの高さを裏付けている。誰かしら、

「このピュアピア、可愛い!」

と叫んだとき、指差しているのは高確率で嬬恋さんの演ずるキャラクターだ。


 ところが、彼女は極度の照れ屋で恥ずかしがり屋なものだから、自分のことを褒められると顔を真っ赤にして恥ずかしがる。ピュアピアの姿になっている時にはそのキャラクターを憑依(ひょうい)させたかのように振る舞うのに、その中に宿る嬬恋真耶の存在を意識された途端、自分が見られていることへの恥ずかしさが湧き上がり、じっとしていられなくなる。

 そうなると、周りの子達は面白がり、さらに褒める。彼女たちに悪気は無い。だって褒めているのだから。


 照れと恥ずかしさから逃れたいという嬬恋さんは、関心が他にそれるよう、食べ物や飲み物をどんどんみんなにすすめる。そのためには自分も率先して飲み食いしなければ始まらないことも分かっているから、手に持ったグラスを空にして、ついて来いとばかりに次なる一杯を手酌で注ぐ。

 お酒に集中するのには、自分自身の心を羞恥心から遠ざけたい気持ちもあるのだと思う。自分の変身した姿が目の前で話題になっているという現実から、口元に近づけた(さかずき)に心を集めようという願望が。

 でも如何せん、この酒という飲み物、一人が飲めば同席する人々も牽引されるかの如く後について杯を空にしてしまう。それに人間のイメージって頑固なもので、嬬恋さんの外見はおよそ酒など口にしたことが無いように見えてしまう。カルーアミルク一杯飲んだだけで前後不覚になりそうな、酒豪という言葉から最も遠いところに居そうなイメージなのだ。


 いっぱんに、欧米人は日本人と比べてお酒に強いのだという。それはアルコールを分解する酵素を体内に二種類持つ人がかの国々には多いからだとかで、欧米人の血を色濃く受け継いでいる嬬恋さんもそれに該当するのだろうと思う。

 ところが彼女は困ったことに、自分が酒に強いという自覚がきわめて薄い。

「女の子はお酒が苦手なものだ」

という、どこから出てきたのか分からない勝手なイメージに、本人も惑わされてしまっている所がある。

 だから、それを見た周りの子たちもつられて飲んでしまう。特に嬬恋さんがウワバミだという事を知らぬままの、二十歳になって間もない子たちは、ああ、まだ嬬恋さんが顔色ひとつ変えてないってことは自分も大して飲んでないんだな、と錯覚してどんどんアルコールを補給してしまう。

 そして、全くシラフと変わらぬ意識を保っているけれど元がのんびり屋なので周囲の変化に気が付かない嬬恋さんが何かのきっかけで辺りを見回すと、ノックアウトされた友たちが材木の如く転がっている。


——


 幸い、ベテラン組はその恐ろしさを知っているし、私とともに程々の時間で宴会を強制終了させる事に協力してくれる。

 キャスト全員、すでに入浴も夕食も済ませている。あとは歯を磨き、お肌のケアなどをすれば就寝可能、なのだが、潰れてしまって友や先輩の肩を借りてやっとのことで布団にたどり着く子もちらほら。


 チーム総勢九人ともなれば、複数の部屋に分かれて眠らなければならない。今夜は二つの部屋を確保しているので、ひとつの部屋に大荷物を集め、そちらに四人、隣の部屋に五人で部屋割りをすると丁度良い。

 それにルーキー二名は未成年だし、シラフの子を酔っ払いの集う部屋に送り込むのは可哀想だから、矢川さんと烏丸さんはこの部屋で私と同室にしようと思う。そしてもう一人をどうするか、なのだが、

 「はいはーい! わたしたち、真耶センパイと同じ部屋が良いでーす!」

と、烏丸さんと矢川さんが強く主張したので、私は戸惑ってしまった。

 私と未成年の二人を除けば、一番酔った状態から遠いのは嬬恋さんだ。その点では同室にするのが無難ではある。


 だが、嬬恋さんは男子なのだ。


 女子大に通う子のなかには、異性が苦手だからという子も少なくない。だから面接に来る子たちには、キャストに一人だけ男の子がいることを予め告げている。ところがその唯一の男子である嬬恋さんと対面してからは、不安げに最初の研修に臨んだ女子が胸を撫でおろすように安堵するのが分かる。

 宿泊においても同室を拒否する子はいないし、今日のルーキーコンビのように、むしろ嬬恋さんと同室になりたいと主張する子もいる。

 嬬恋さんは我が社自慢の高いスキルを持つスーツアクターだから、同じ部屋に寝床を広げれば、仕事上の知識やコツを会得するチャンスも広がる。酒盛りをするには遅いけど、寝てしまうには少し早い。枕を並べてのお話から得られる学びもあるだろう。

 結局、嬬恋さん、私、矢川さんに烏丸さんの並びで布団に潜り込んだ。


——


 まずいことになった。


 私たちの部屋では、嬬恋さんを含めてのおしゃべりもそこそこに、早々と皆が寝息を立てた(それは早寝の習慣がある嬬恋さんが真っ先に眠りに落ちたからなのだけど)。

 だが、隣の部屋で寝泊まりしていた五人のうち一人が、朝になって体調不良を訴えてきた。

 二日酔いなの?

 私は一瞬、気色(けしき)ばんだ。でもこんな時こそ冷静にならねば。


 私は体調不良を訴える小島さんの元へ。

 彼女はまだ二十歳だし、酒に飲まれるリスクは高いと思っていたが、どうやらこの症状は二日酔いでは無い。

 既に目覚めていた嬬恋さんに救急箱を持ってきてもらい、全員にウイルス検査キットを配布する。

 私たちの職場は多くのお客様が集まるし、キャスト同士でもファンの子ども達とも近い距離で接する。結果を知るのは怖いけれど、結果を見ずに病気を撒き散らすことも道義的にできない。

 幸いにも、小島さんを含め全員陰性。偽陽性の可能性もあるが、いわゆる風邪だとしても現場に出すわけには行かない。宿の人に相談すると休日診療所があるとの事なので、タクシーを呼び、大橋さんの付き添いで向かってもらうことにする。


 スタッフの急病については、どうにかなる目処が立った。小島さんは熱にうなされながら謝り続けていたが、責めてはいけない。今は安静にして治すのが一番の彼女の仕事。

 彼女を叱る暇があったら、この後のことを考えねば。まず小島さんに代わって鷹野さんをキャストに加える必要がある。でも音響と掛け持ちにならざるを得ないし、台本と考え合わせると敵役をアサインする他ない。他の役は舞台からそうそう降りられないから。

 ところが敵役は二人の息が合っていないと盛り上がらない。わずかな稽古時間でそれを合わせられるのは長年のキャスト経験者だし、それが可能なのは追加戦士役としての相棒が病に倒れた大橋さんだ。

 ということは、二人の追加戦士の配役が空白になる。と、いうことは。


 「えっ……」

「だ、大丈夫ですか、アタシ達で……」

明日の午後にピュアピアデビューをする予定だった烏丸さんと矢川さんに、急遽、今日から演じてもらう。

 これが唯一にして最善の策だ。

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