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宗教上の理由  作者: 儀間朝啓
第二章
31/38

その五

 「おかえりー!」

無事ステージを務め上げ、舞台から降りてきたピュアピアたちは、憧れのヒロインとしての雰囲気を保ちつつ、そっと自らの頰のあたりを両手で挟み込み、そっと上に持ち上げる。

 するとそこには、プラスチックの覆面でしかなかったピュアピアのマスクに命を吹き込み、ピュアピアの魂としての役目を果たし、元の自分に戻ったキャスト達の素顔が並ぶ。

 それは上演前、ピュアピアの姿に身を包む前とも、もとよりピュアピアの姿に「変身」している最中とも違う。


ぐっしょりと汗で濡れたタイツ地のフード。それによって捉えきれなかった大量の汗が滝のように流れる顔面。汗の成分のせいで開ける事もままならない瞳。ハァハァと息が荒いのは体力的な疲れもあるが、ようやくありつけた新鮮で、涼やかな空気を思い切り吸い込むためでもある。

 これが、キラキラが溢れかえる真夏のワンステージを終えたスーツアクター達の舞台裏。

 ただちにクーラーボックスで冷やされた濡れタオルがキャスト全員の頭上から投下され、スポーツドリンクが配給される。


 キャラクターショーは、一日で複数回のステージをこなすのが普通。私もキャストの子たちも、午後のステージが待っているので、リラックスしつつも緊張を完全に解いてはいない。

 そして、これは私たちの会社だけなのかもしれないけれど、お昼休みの間もみんなピュアピアの衣装をまとったままなのだ。

 見栄え重視の衣装だから通気性は決して良くないし、だいいち汗だくの全身タイツを着たままでは不快だろうに。

 もっとも彼女たちが言うには、

「一度脱ぐと、また着るのが嫌になる」

と。それも一理ある。暑ければ暑いなりに身体が慣れて来るし、暑さにやられない対処を自然と取れるようになる。

 上司に当たる私は当然、脱いでから休憩して良いよと伝えているし、むしろ新人の子たちには、そうさせている。

 でも彼女たちもいつの間にか、首から下はピュアピアのままでステージとステージの間を過ごすようになる。一応権利を持つ会社にも確認したけど、そうしてくれて構わない、汚したり、その姿で辺りをブラブラしなければ良い、との許可も、もらっている。

 確かに、このあとのステージのことを考えれば再度の脱ぎ着は省略したくもなるだろう。

 それに、ピュアピアの衣装をまとったキャスト達の表情が実に楽しそうで、ピュアピアになり切った自分、というのを楽しんでいるように見える。


——


 二度目のステージは午後二時開演予定。ちょうど一日の最高気温を記録する頃合い。

 ここ数年、巷では毎年のように新たな猛暑対策グッズが登場するが、多くのキャスト達が口を揃えて言う。

「日常生活はともかく、ステージでは気休めにしかならない」。

 「冷感」と書いてあっても、冷たく「感じる」だけだし、冷却スプレーは気化熱を奪って蒸発したらそれまで。熱を取るシートや最近流行りの首に巻く冷たいリングも、到底ワンステージ持たないし、効き目が切れると逆に首回りの風通しを邪魔して暑くなってしまう。

 毎年夏が近づくと、新たな暑さ対策グッズを揃え、キャストのみんなに試してもらうのだけど、夏本番を迎えて一週間もたたないうちに、出番直前までマスクや衣装を冷風機や氷のうなどで冷やしに冷やし、開演後は舞台袖に入るスキを見てはマスクと首の間から風を入れたり首に氷を当てたりしつつ、ステージのお開きまで耐えるという、前の年までのやり方に戻ってしまう。

 それでも、まだ暑さに慣れていない新人の子たちには冷却処理をしっかり施して、は、いる。でもその子たちもすぐに先輩たちと同じやり方に落ち着いてしまう。

 毎年、その繰り返し。


 そんな厳しい環境をものともせず、ピュアピア達は元気に子どもたちの前へと飛び出していく。一回目に比べても遜色のない動き、いやむしろ、演技の質は高まっている。演じる役に入り込み、文字通りの中の人として一体化し、歌を、踊りを、あたかも自分のもののように表現する。


  「終わったぁー!」

ステージ上のすべての日程を完遂。舞台裏に帰ってきたピュアピアたちはマスクを外し、普通の女の子に戻る。

 みんな満足感に溢れた表情をしているけれど、まだ気を抜いてはいけない。能動的に水分を摂り、身体を冷やす作業を怠ってはいけない。気分が高まっていると暑さも喉の渇きも忘れがちなので、油断せず身体に水分を与え、熱を奪わなければ。


 キャラクターショーのキャストは、決して楽な仕事ではないし、割の良いアルバイトとも言えない。そこに暑さとの戦いが加わった真夏のショーは、好きじゃなければ続けられるものではない。

 耐久性と、透けたり汗染みを目立たせたりしないために、全身タイツは厚めに作ってある。そうなれば暑さも汗も中に閉じ込められてしまう一方、そうしているのに許容量を超えた汗はタイツを濡らし、顔面へと滴り落ちる。

 でも出来るだけ、その方が良い。どうせ汗を拭いてもその隙間を埋めるようにまた噴き出てくるから、水分補給を優先させなければ。

 首から上は汗だくどころか、バケツ一杯の汗を頭からかぶったように濡れている。首より下の衣装の内側も同じがごとく全面的に汗ぐっしょりなことは明らかで、その証拠に、タイツ部分からは湯気が立ち、それでも保ち切れずに溢れ出た汗が椅子から床へと滴下していく。

 水も空気も通さないキラキラの衣装は、サポートなしで全て脱ぐのは難しいが、その役である悪役の子達は先にステージの撤収作業をしなければならない。だから下着を着たままシャワーを浴びてその上に服を着たような不快感に耐えながら、身体のほてりを取りつつサポートメンバーを待たなければならない。


 私にもお客様対応があるので、この時間は大抵席を外す。接客は大事だが、キャストのみんなへの心配が付きまとって離れない。

 でも、それを終え舞台裏に戻ってくるといつも、過酷な状態のなかにも関わらず、やり切った者の満足感に溢れた表情で談笑している彼女たちがいる。

 ほとんどの子が全身タイツのフードをかぶったままで、衣装もほとんど着崩さず、マスク以外はステージのままの姿の子が過半数。しかも全員、自分が変身したピュアピアのマスクを赤子のように膝の上で抱いている。

 まさにそのマスクが、自分たちを暑さで苦しめていた張本人だなんてことは、つゆほども思っていないのだろう。


 私と悪役組はほぼ同時にステージ裏に戻ってきた。早速キャスト達の衣装を脱がしにかかるのだが、脱ぎっぱなしには出来ない。

 全身タイツは丸洗いするため大きな巾着袋にまとめ、メインの衣装は洗濯が出来ない素材なので、脱がせたら速やかに付着した汗を拭き取り、消臭スプレーを噴霧した上でハンガーに掛けてまとめる。子どもたちにはピュアピアの正体は秘密だから、それぞれ衣装カバーに収納し、会社に着いたらすぐ干せるよう準備をしておく。

 これだけやってく間にキャスト達は私服に着替え、片付けに合流。楽屋代わりのテントを片付け、冷風機を返し、荷物を積み込んで帰路へ。


 現場から会社への道中の車内は、ワイワイとおしゃべりを続ける子と、疲れ果て眠りこけてしまう子に分かれる。

 カーラジオのニュースは、今日もまた各地で猛暑日になったと伝えている。その暑さによるダメージを一番受けているのは出ずっぱりのピュアピア役の子たち。もちろん個人差はあるけれど、だいたいキャストの子達の方が寝落ちする比率は高くなる。

 今日もメインキャストたちは真っ先にウトウトし始めた。だが唯一、嬬恋さんだけは、起きて話の輪に加わっている。


 本当は、風を通さず熱気に支配された白いテント幕の中で黙々と着替えていた嬬恋さんが、もっとも疲れているはずなのに。

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