その四
「なんか、今年の衣装って、恥ずかしい……」
「そう? 毎年こんな感じじゃない?」
ピュアピアに限らずメルヘンショーの衣装は総じてきらびやかで、女の子の憧れを形にしたようなデザイン。それは十代や二十代になった、元? 女の子の胸をもときめかせる。
本番を控え、更衣室と化した控え室のテント内は、ワイワイとはしゃぐ女子たちで賑やかになる。今年の衣装は特に可愛いとキャスト間でも好評だ。
でも、嬬恋さんだけは、いつも着る時にためらっている。
嬬恋さん曰く、
「この衣装、カワイイけど、肌の露出が多いんだもん……」
今年のピュアピアはアイドルユニットをモチーフにしているので、衣装は例年にも増して派手だけれど、その分大胆なデザイン。
だから、嬬恋さんは、
「ほら、肩が丸見えで……」
と。彼女の着用するブルーの衣装はチューブトップに二の腕をカバーするスリーブを合わせたスタイルで、透明のショルダーベルトでそれを吊り上げる。現実にこんな格好をした女の子がいたら、かなり大胆な印象を与えるはずだ。
だが、
「丸見えって言うけど、タイツじゃないですか。真耶さんの肩が直接見えるわけじゃないですよ?」
という、キャストの後輩からの突っ込みももっともだ。全身タイツは他人の視線から素肌を守る機能も持っている。
もちろん、嬬恋さんの言い分もわかる。
「そうかもだけどぉ、でもこのタイツが、今のあたしの皮膚だもん」
役に入り込んでしまっている嬬恋さんにとって、タイツは素肌でもある。役者としては良い心構えだと思う。
とは言え、今日び肩や鎖骨を出すファッションを若い女性がする事は珍しくない。
「真耶さん、普段はノースリーブとか着ないんですか?」
と、後輩ちゃんが聞くのも自然だ。
ところが、
「着ないよぉ、恥ずかしいもん」
と、嬬恋さんは即答する。
肌を多く出すファッションが好きな女性もいれば、苦手な女性もいる。嬬恋さんは後者に属する、と言ってしまえばそれまでなのだが。
「真耶ちゃん、水着もダメなんだよね」
そこで、嬬恋さんとの付き合いも長いリーダーのラン子さんが茶々を入れる。嬬恋さんは、すかさず、
「ダメ、ダメ! ビキニとか絶対イヤ!」
とかわす。でも、
「ビキニとは言ってないってば」
「え、あ、あーっ!」
引っ掛かった事に顔を赤らめて地団駄を踏む嬬恋さん。
キャスト同士仲良くなると、プールに遊びに行く事もある。そんな時でも嬬恋さんは、上はしっかりラッシュガードで登場する。それは本人の希望だから良いのだけど、私は嬬恋さんの育った事情を知っているだけに、思う事はある。
男の子として育ったら、パンツだけでも平気だったかもしれないのに。
——
嬬恋さんが子ども時代を過ごした天狼神社は、人間の少女が神使と定められている。神使とは神に仕える動物で、むかし、ここの神使だったメスのニホンオオカミが神へと昇格し、急遽人間がその代わりを務めることになったと伝えられる。
神使となるべき少女は代々で神社を守る嬬恋家が授かる。もしなんらかの事情で神使が不在となったら、すぐに地上へと神使である女の子が遣わされるという。
でも、もしそこで取り上げられた子が男児だったとしたら?
否。
それは有り得ない。
あくまでも、その時に授かった子どもは神使であり、女児である。
そんな時に生まれて来たのが、嬬恋真耶さんだった。彼女の性別を問うことは誰もしなかった。だって女の子に決まってるじゃないか、神使なのだから。
突然、真耶さんは女子として育ち、天狼神社の神社としての勤めを果たして来た。
真耶さんの身体は明らかに男子のそれであることは全く顧みられなかった。
——
「良い子のみんなー、こんにちはー!」
いよいよ本番。リーダーという役職は、ふんぞり返る為にあるのではない。チームの責任者であり、会場を把握する役目でもある。だから私も、原色の鮮やかな服に着替えて、司会のお姉さん役を務める。
「それじゃ、大きな声で、せーのっ」
「ピュアピアー!!」
「あれー? まだ元気が足りないかなー?」
何百回と繰り返してきた、お約束の流れ。でもこれだけ暑いと、主役の登場を勿体ぶって時間を引っ張るお馴染みのパターンも、なんだか悪い気がする。
会場もステージも日陰になっているとは言え、空気そのものが熱せられているので、たまに吹く風も生暖かい。お客様も、キャストも、蒸し器に放り込まれたようなものだ。
ひとまずMCは巻き気味に進めよう、とはいえ、ショーのシナリオは録音済みだから時間は決まっているから、私に出来るのは少しでも早く本筋に入り、シナリオ音源をスタートさせる事だ。
ヒーローショーあるある。
「悪役の方がバイトとしてはオイシイ」
とか何とか。
実際それはあると思う。主役は舞台に出ずっぱりだけど、悪役はちょっと出てやっつけられれば役の上ではお役御免だから。ヒーロー物の要素を取り入れた作風のピュアピアにもそれは当てはまる。
もっとも悪役は悪役で、出番が済むと裏方に回り、メインキャストをサポートする。だから私たちは中堅からベテランのキャストにその役を任せる。
「この世の中を、闇に包んでやるっ!」
悪役の演技は一度やるとクセになると、経験者は異口同音にそう言う。動きも比較的自由だし、好き勝手にステージを動き回って子どもをキャーキャー言わせられるのが楽しいのだ。特にピュアピアの悪役は結構間抜けで悪事の働き方がチョロいこともあり、子ども達も怖がっているようで顔が笑ってる子もいる。
「みんなー、大変ー! ピュアピアを呼ばなきゃ!」
シナリオ構成では、いったんピュアピアが舞台からはけたところに悪役登場、そしてMCが子ども達に呼びかけて、ピュアピアを登場させる流れが確立している。
通常は、ここでじらすのが盛り上げるコツなのだが、どんどん気温が上がって来ているのは明らかで、巻き気味の進行をキープしなければならない。
その結果、いったん袖に下がったピュアピアたちを普段より早くステージに呼び戻すことになる。彼女たちには悪いけれど、お客様の健康が第一だから、こらえてほしい。
——
幸い我がキャストはそんなことでへこたれない。いつもと変わらず、堂々と、かつ美しい演技で悪役たちをやっつける。(と言ってもまた次の回に出てくるのだけど)。
そのあともドタバタ劇があり、うまくオチが付いてめでたしめでたし、でシナリオ終了。ピュアピア達は再び舞台袖に引っ込む。
でもまだピュアピアの出番は終わっていない。このあと、エンディングテーマ曲に合わせたダンスの披露、さらに写真撮影会がある。
袖には悪役の衣装を脱ぎ捨てたキャストが待ち構え、ピュアピアのマスクを顎クイし、その隙間からハンディファンで風を送りつつ、首筋に保冷剤をくっつけて熱を取る。さらにマスクの下からストローを突っ込み、水分補給。
彼女たちの健康は何が何でも守らなければならない、でも暑いなか、子ども達を長く待たせてもいけない。
と言ってのこもった身体が下がるのを待つのでは駄目で、能動的に下げなくてはならない。そうしないと、命に関わる事態になりかねない。
この処置を素早くしなければならないのは、元悪役たちは写真会の列整理もしなければならないからだ。そして彼女たちが客席に出てきたということは、ピュアピアの再登場スタンバイOK、の意味でもある。
そこで私は早速子ども達を煽り、熱烈なラブコールに応えて再びピュアピア総登場。
昔は撮影会といえば、インスタントカメラで撮影したものを販売するスタイルだったが、今はお連れのお客様がスマホなどで撮影するスタイル。なかには子ども同士で来ていたり、親子で写真に収まりたいというお客様もいるので、そういう時は元悪役のキャストがカメラ担当になることも。
これも和気藹々で良いのだけど、デジタルだと何枚でも撮りたくなるのも人情。そこをうまいこと抑えてなるたけスムーズに列を進めたい。並んでいるお客様のためにも、それを出迎えるキャストのためにも。
まして、子ども達はピュアピアが大好きでピュアピアとお近づきになりたい、だから列に加わるわけで。写真一枚撮っておしまい、なんてうまく行くわけがない。
「水分はしっり補給して下さ〜い」
私はアナウンスを繰り返す。お客様から熱中症患者が出たら大変だ。その一方で、
「平気?」
と小声でピュアピアの耳元にもささやく。この子たちだって熱中症のリスクはある。せめて声かけくらいはせねば。そうすれば気の持ちようは変わる。
同時に、列が流れるよう促すことも忘れない。子ども一人ひとりと存分に相手をしてあげたくなるのも人情だが、長蛇の列の中で待っている子を忘れてはならない。
キャストの子達は目の前の子とのコミュニケーションに夢中になって、周りが見えなくなってしまいがち。そう、文字通り、ピュアピアのマスクの中の視界の如く。
だから私たちマスクの無いスタッフが気を配らればならない。
ピュアピアでは、夏頃に新たなキャラクターが登場するのが恒例となっているので、今日ステージで出迎えるキャラクターは総勢五名。
並びのセオリーとしては物語の主人公にあたるピンクの子が真ん中に来るのが基本。でも主役に人気が集まると列の流れが詰まることも。
そんな時、新登場のピュアピアを後ろに配置して、物珍しさから列の流れを促す手もあり、それは状況ごとにベストな形は異なる。
だが今日については最後のキャラクターは一択。ブルーの衣装に身を包んだ、嬬恋真耶さん。
肩出し衣装に顔を赤らめていた嬬恋さんだったが、そこにいるのは完全にピュアアイドルブルーの憑依した嬬恋さん。
ピュアピアならほとんどのキャラクターを即座に演じる力を、嬬恋さんは持っている。だがなかでも特に、おしとやかな、いわゆる「女の子らしい」キャラクターを得意としている。
不思議なことにというか、ベテランのスキルなのか、嬬恋さんが演じるキャラは何故か子ども達がよく懐くし、戯れる時間も伸びがち。でも嬬恋さんはそこも心得ていて、目の前の子にイヤな思いをさせず上手く次の子に代わってもらう、巧みな技を見せてくれる。
列の前が空けば、自然と後ろの人は進みたくなるし、それが最後のピュアピアであれば、スムーズに列は流れてゆく。
私とて、幾度もピュアピアになったことがある。当日の急なキャストやスタッフの変更はザラにある事だから。
人間の顔を模した着ぐるみは多くの特徴を持つ。
狭い開口部に頭を潜らせるようにして装着すると、視界が一瞬で真っ暗になる。動物やゆるキャラのそれに比べて顔とマスクの距離が明らかに近く、そこから放たれた独特のFRP樹脂臭が一気に充満する。
目が暗闇に慣れてくると、わずかな切れ目が浮き上がり、これが外界を覗き見るための唯一の窓。この窓のみが通気口を兼ねていることもあるくらいで、総じて通気性は期待できない。
暗く、狭く、暑いなかに閉じ込められつつも、自らの存在を消して外身の人物に成り切り、演じ切る。それがスーツアクター。
汗でぐっしょりと濡れた頭髪と全身タイツ、高温で紅潮した顔、ハードワークである事は言うまでもない。でも着ぐるみマスクの中で必死に悪条件と戦っている姿を目の前にいる子どもに悟られぬよう、自分の存在感を消し、優しく涼しい笑顔をマスクに浮かべる。
それが出来る者だけがピュアピアに「なれる」。




