その三
現場に、到着!
……でも、正直なところは、口に出して言えないけど、
車の外、出たくないー!
ピュアピアシリーズは、二十年以上続く女の子向け人気アニメシリーズ。「純粋な」という意味の英語と「仲間」を意味するpeerという単語を合わせたタイトルは日本中の女の子に知られている。
そのピュアピアのキャラクターショーもアニメと同じくらいの長い歴史を持ち、共に時代を歩んできた。
私は信州で長い間、ピュアピアショーのスタッフをしていた。そこから今の東京の会社に移ったときも夏の暑さには閉口したけど、その頃よりもさらに、今年の夏は暑い。
私の仕事はドライバー兼お客様との連絡係兼ショーの準備から本番と撤収までの運営管理責任者、といったところ。この会社ではリーダーと呼ぶ。
責任者の私が暑い暑いと言っていられないから、先頭きって動かねば。
「私、お客様に挨拶に行くから、みんなは荷物と設営お願い」
運転してきた箱型バンの後ろには、衣装や小道具などが満載だけど、こちらは経験の長いキャストの子が指示を出してくれる。
キャラクターショーの現場といえば、ショッピングモールや住宅展示場、遊園地などさまざまで、現場ごとに状況は異なる。
会場も屋外だったり屋内だったりするし、舞台も常設なのか仮設なのか、また舞台裏はどうなっているのかも様々。
今日の現場はショッピングモールの屋外ステージ。真夏ではあるものの、大きな銀傘が中央の広場を覆い、日影を作ってくれているので助かる。その代わり舞台裏の楽屋は、楽屋と呼べるほどのものではない狭いブースでしか、ない。
こんな時は、自前の楽屋を作る。
かつては鉄骨を組み上げて白い三角布をかぶせるパイプテントを建てていた。お客様側で用意してくれる事もあるが、それが無ければ自分たちで持っていく。
もっとも、同業他社がどうしているかはよく知らないが、私たちの会社では楽屋づくりの負担を軽減するため、ワンタッチで組み立てられるキャンプ用テントに切り替えた。パイプテントは組み立ての仕方を覚えなければならないし、鉄骨があるぶん重くてかさばる。ほとんどが女子大生ばかりの我が社のキャスト達にそれをさせるのは少々酷だし、それが嫌でやめる子が出てきても困る。
だいいち、暑いからその作業も苦痛じゃないか。なので、現地に着いてすぐ使える簡易テントはありがたい。
もっとも、どっちみち屋外なので暑さの対策は必須となる。今日は流石の暑さに、お客様が冷風機を貸してくれた。それをコロコロ転がしていくと、みんな待ってましたという風に表情を柔らかくする。
冷風機をテントの中でスイッチオンして、テントの入り口を閉める。最初から閉め切っては、暑くて居られないのだ。
——
このテントは、休憩室であり更衣室にもなる。閉め切ることが出来たので早速、着替えを始めることに。
メルヘンショーにしろアクションショーにしろ、キャストの衣装は肌を絶対に出さないように出来ている。ただメルヘンショーの場合、例えばピュアピアでは変身の前も後も登場人物の肌が見える。
そのため、キャストはそれぞれのキャラクターの肌の色に準じたタイツ、いわゆる全身タイツを着なければならない。
以前の全身タイツは上下一体のものが主流だったが、うちの会社では上下別のタイプも採用している。
上下セパレートタイプのメリットは、なんといってもトイレが楽なところ。特にこの暑さではトイレなど気にせず水をガブガブ飲んでくれないと困る。
ピュアピアシリーズは派手な動きが多いので、それに備えてスカートの下にスパッツを履く。だからトップスをスパッツの中にしまってしまえばワンピースと見かけは変わらない。
導入当初は激しいアクションでハミ出ないかとの懸念もあったが、意外にそうでもないし、スパッツの内側の腰部分を滑りにくい素材にして、ウエストにフィットするよう調節すると、その心配はなくなった。
もちろんキャストによってもこだわりがあって、もっとフィット感を求める子はボディスーツタイプを選ぶ。
これはパンツタイプのボトムスの上に股下をホックで止めるトップスを合わせ、さらにスパッツを履く。着脱の手間はひとつ増えるが、気分的にフィット感があるのが良い、というキャストの子もいる。
タイツは会社で着込んでも良いのだが、これだけ暑いと現地で着替えをする方が良い。暑さに少しでも触れなくするために。
ところが。
テントの中でキャストが一通りタイツ姿になったのち、その中の一人が、
「おっけー、良いよー」
と、声を上げる。
すると。
テントの隅っこに垂らされた、分厚く白い布。これは前に使っていたパイプテントの一部。実のところ、このテントが壊れてしまったから今のコンパクトなテントにしたのだった。
今のテント内には、その残骸を加工し、細めの鉄骨と白布でもって試着室のような物を作って置いてある。その中から、
「ありがとー。出るよー」
という返事が聞こえてくる。
そして、重くて分厚い布の奥からひょっこり現れた、ほとんどがタイツに包まれている頭と首。
嬬恋真耶さんだ。
——
キャストの多くが現場で衣装用タイツに着替えているなか、嬬恋さんだけはいつも会社から、ときには家からタイツを着てくる。
そして、嬬恋さんは昔ながらの上下一体ワンピースタイプのタイツにこだわる。ほとんどのキャストの子がセパレートタイプを選ぶのに。
本番までの間に一度、通しでリハを行う。ステージが使えれば理想的だが、オープンな舞台ではそうもいかず、テントの中で音源に合わせて手振りなどを確認するにとどまる。もちろんこの段階でタイツ以外の衣装は必要ないので、みんな私物の短パンやTシャツなどを上に着た状態でリハに臨む。
もっぱら大学に求人を出しているので、今年の四月からキャストを始めた子も多いけれど、しっかり練習を積んでいるので問題なくシナリオは進む。むしろ、すでにテント内を包む熱気のほうが心配で、本番前に暑さで体力を奪われないよう、冷風機に頑張ってもらわねばならない。
幸い、今のところテント内の温度は抑えられてはいるので、タイツの上にシャツとショートパンツの姿で快適な状態を保ててはいる。嬬恋さんを除いては。
嬬恋さんも、まだタイツ以外のステージ衣装は着ていないけれど、うっすら額に浮かぶ汗は他の誰よりも目立つ。
それは目鼻口の周りだけが辛うじて切り抜かれているタイツのフードを律儀に被っているせいでもあるけれど、本来は土砂降りでもへっちゃら、無論風通しなど無いパイプテントの分厚い屋根を転用した布に囲まれた中でじっとしていたのだから、体温は上がって当たり前なのだ。
「真耶ちゃん、暑い時は暑いって言わないとダメだよ?」
今日のキャストで一番のベテラン、ラン子さんが、ピュアピアのうちわで嬬恋さんの顔をパタパタ仰ぐ。
「あ、ごめんなさい。でも冷風機のおかげで楽になってきました。それに、暑いのはみんな同じだし」
と言いながら、ラン子さんの顔にお礼のパタパタをする嬬恋さん。それに対して、
「同じじゃ無いでしょ? みんなは風が来る所で着替えてるのに、真耶ちゃんその間、ずっとテント布の中で待ってたんだから」
「大丈夫ですよぉ」
「大丈夫じゃないですよ? そんなに汗かいてるの真耶さんだけです」
後輩の女の子も、遠慮なく口を挟む。
「でも、あたしは一応、みんなより長くやってるもん、このお仕事」
「アタシの方が長い!」
ラン子さんの一言で、
「うっ……」
嬬恋さんは黙ってしまう。
「いい加減、こだわらなくて良いんじゃないの? ここに居るみんな、気にしてないよ? どうしてこんな暑苦しい物の中で、アタシ達の着替えをじっと待ってるのさ」
「だってぇ……」
ラン子さんの強めの言葉に嬬恋さんは気圧されつつも、はっきりと自分の意見で答える。
「あたしだけ、男だもん」




