その四
真耶さんは手持ち無沙汰なとき、自分のシッポをお腹の前に回して、手でいじって遊ぶクセがある。
このシッポにはギミックが仕込まれていて、ダラリと下がらないよう中にワイヤーを仕込んである。ワイヤーは内部のプラスチックに接続されていて、そのプラスチックは大きめのショーツのような形になっているので、真耶さんが腰を振るとユラユラ動き、動物の親愛のサインに見える。
見てるぶんには、とっても可愛い。でもその代わり、プラスチックのパンツに包まれた真耶さんの腰まわりは窮屈だし、動きにくいし、暑いと思う。
要は、真耶さんは見栄えとか触れ合った子どもの気持ち良さを最優先するために、中に居る自分の快適性をことごとく犠牲にしているオオカミのぬいぐるみを、コノハナに帰ると進んで着ていく。人前に素顔で出るのは恥ずかしいという理由のおまけ付きで。
確かに普段の真耶さんは恥ずかしがり屋の傾向が強く、控えめなタイプだけど、引っ込み思案なわけじゃないし、知らない人と打ち解けるのも早くて、コミュ力は高い方だと思う。
ところが、いざ大勢の人前に出ると上がってしまう、とは本人の談。確かに表に出て活躍するタイプではないと思う、わたしも中学校の後輩として真耶さんを見て来たから分かる。
だから、ぬいぐるみで自分の姿かたちを隠せば人前でも恥ずかしくないという、真耶さんの言葉も嘘では無いと思う。
ところが、全身を覆い尽くすオオカミのぬいぐるみは仮面の役割を果たし、嬬恋真耶いち個人とも異なる、天狼神社神使としての顔に変身を遂げて、あたかも別の人格のように振る舞うことができる。
なんて小難しい理屈が合ってるかは知らないけど。
スタジオは外から丸見えなので、真耶さんファンが次々とやって来る。真耶さんは曲の合間などで必ず愛想を振りまき、ファンサービスを欠かさない。
その一方で、時々外から死角になるところに顔をうずめ、長尺のストローが付いた水筒をぬいぐるみの口の奥へと差し込み、水分補給を行う。その頻度が次第に増してきていることに、もちろんわたしも気づいている。できるだけ曲や自分のおしゃべりを増やして水分補給のチャンスを作りつつ、番組の進行も極力巻いている。
この後、だいたいお昼前後からこのはなFM名物、小学生パーソナリティによる生番組が始まる。これはクラブ活動や職業体験の意味合いも兼ねたプログラムで、毎年村内に住む小学五年生以上の児童や生徒がラジオパーソナリティを務めるというもの。
もちろん公共の電波を使うのだから放送のルールを守れることは最低条件だし、そもそも村じゅうに自分の声を届けるのは勇気がいるし、ある程度練習を積まなければDJ卓には座れない。希望者は毎年若干名といったところ。
子どもだけに全てを任せるのは酷なので、大人がディレクターとして入り機械操作を手伝う。もちろんスタッフ側をやりたい子もいるので、その時は補助役に回る。
そういうこともあって、最近はおしゃべり主体の彼らをDJではなくパーソナリティと呼ぶようになった。
このディレクターの役目は、ここ何年かわたしが務めている。わたしがその前の時間帯を担当することが多いのは、そんな理由もある。
今日の番組も、始まってからだいたい二時間が経とうとしている。すでに子どもパーソナリティの面々もスタジオの外でわたしたちのおしゃべりを聴いている。そろそろ締めに入ろう。
「ここまでのお相手は、板谷楓、と」
「マヤでした」
真耶さんがラジオではフルネームを名乗らないのも、恥ずかしがりの現れだ。
「またね〜」
「またね〜」
エンディング曲の間にマイクの前を小学生パーソナリティに明け渡し、真耶さんにお礼を言いながら外へ。そろそろお休みしてもらわなきゃ。
でも、こういう思いをよそに張り切っちゃうんだなあ、真耶さんってば。あー、自らギャラリーの人波へ飛び込んで行っちゃった。
——
真耶さんは、迷っている。
東京都世田谷区、チンチン電車がコトコト走る、閑静な住宅街に嬬恋家は、ある。
ぼくがこの家に下宿させてもらってから三度目の春。大型連休も過ぎ、ぼくの育った沖縄はそろそろ梅雨の季節。
今日は、真耶さんのお母さんは仕事で、妹の花耶さんも大学の集まりで帰りが遅い。そしてお父さんは泊まりの出張なので、今、この家は真耶さんとぼくの二人きり。
「あ、お水無くなった、それともソーダがいい?」
と言うや否や、真耶さんは立ち上がる。
「あ、ぼ、ぼくが!」
と立ち上がろうとした時にはもう、真耶さんは冷蔵庫の扉に手を掛けている。
真耶さんはお酒の好き嫌いが無いのでありがたい。
ぼくの周囲には泡盛は苦手っていう友達も割といて、それは意外な感想だったんだけど、料理でその風味に慣れているぼくには分からない感覚が有るのかもしれない。
「あったかくなってきたから、お湯で割らなくて良くなったの嬉しいね」
真耶さんは泡盛は炭酸割り派。シュワシュワがお酒の香りを立たせるのがお気に入り、つまり泡盛の香りは好みなのだとか。
「ヒメちゃんは、就活進んでる?」
三年次になると、就活の準備は本格化する。もちろんぼくも人並みには動いているつもりだ。
「まあまあやってますよ。インターンシップも何社か行きたいとこピックアップしてるし」
言ってから、ハッとして口をふさいだ。真耶さんは、そんなぼくの仕草を見て逆に気を遣ってくれて、
「うんうん、順調なのは良いことだよ。ファイトだよ」
と、笑顔でぼくを励ましてくれる。
真耶さんは学部を卒業する際、就活に失敗している。その時ぼくはまだ沖縄で高校生をやってたから当時の事情は聞いただけの話だが、周囲も信じられないほどの苦戦ぶりだったらしい。
そして真耶さんは、ぼくもまた苦戦しないかと心配してくれている。ぼくは一応女なのに、ぼくって言ったりするし、何かと男子的な行動をしがちだから。
と言っても、ぼくの性自認は女だし、面接とかではそこをわきまえて臨むつもりだ。
真耶さんも心配してくれる反面、
「ヒメちゃんは大丈夫だと思うよ。しっかり者だから」
と言ってくれるし、
「それに、順応する能力もあると思う。あたしよりずっと」
とも言ってくれて嬉しい。
「ありがとうございます」
ぼくはその言葉を額面通り、ありがたく頂戴する。ぼくがその点で特別すぐれているとは思わないけど、真耶さんの、自分と同じ轍を踏んでほしく無いという気持ちは無駄にしたくない。




