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宗教上の理由  作者: 儀間朝啓
その一
19/38

その十九

 現在の嬬恋家において少女と言うに最もふさわしい年齢なのは、希和子さんたちの双子の娘、珠美ちゃんと恵美ちゃん。ところがこの二人は神使ではない。なれない。

 なぜかと言うと、女子の双子は神使ではないというのが、神の思し召しだから。

 もっともこれは、神の威光を借りて人間様の都合を正当化させたものらしい。同時に神使候補が二人産まれて来たら、たちまち跡目問題が勃発する。それを避けるためには「神様は双子は神使に非ず、と仰せである」とその威光を借り、宣言してしまうのが一番手っ取り早い。

 「神の子ども」ともなれば、その地位を利用せんとする者も出てくるであろうことは想像に難くない。だから嬬恋家の宮司たちは、神使の座がいたずらに利用されないため、神使を「神託」で守って来たと言える。

 ところが嬬恋家、住民票の上では宮嵜(みやざき)家だが、これらの神託が逆に作用してしまった。宮司の希和子さんが授かったかけがえのない子宝は、双子だった。

 

 希和子さんには二人、歳上のきょうだいがいる。天狼神社の宮司は世襲であるものの、兄の真人さんと姉の真理子さんは神職以外の道を選び、一方で末っ子の希和子さんは神に仕えることを望んでいた。嬬恋家には長子が宮司を継ぐとの決まりは特に無く、希和子さんがすんなりと宮司の座におさまった。

 希和子さんが神職の資格を得たときは彼女の祖父、つまり真耶さんの曽祖父が宮司職を務めており、そのもとで実務経験を積んだ。

 その時すでに真耶さんはこの世に生を享けていたという。もちろん当時の宮司である曽祖父との血縁関係があるので、神使となる資格を持っての誕生だった。

 真耶さんが産まれた東京の嬬恋家こそ、まさにぼくが東京で下宿しているお宅。ぼくが天狼神社の神使様と一つ屋根の下で暮らすという幸運を得たのは、こういった事情による。

 

 ところで、真耶さんは既に二十代。「少女」と言うには無理のある年齢だし、実際この年頃まで神使としての役目を務めるのは異例なのだという。

 ではなぜ、真耶さんの実の妹、花耶さんに神使の座は受け継がれなかったのだろうか? 今は花耶さんとて二十歳に達しているけれども、少女と言うべき年齢のときに神使になっていてもおかしくない、否、なっていないと、おかしい。はたから見て。

 だがこれもまた「神の思し召し」に基づいた理由がある。


 神託。

「いまこの世に神使が居るうちに新たな女児が産まれたならば、その座はやがて受け継がれる。ただし、幼いうちに生を享けた女児は除く」

 真耶さんと花耶さんの年齢差は四つ。はっきりとは決まっていないが、だいたい姉が七五三を終えたあたりに産まれた妹、すなわち七つばかり歳が離れているならばその子は神使、みたいな目安はあるらしい。おそらくこれは、昔は乳幼児の死亡率が高かったので、折角神使の役目を受け継いだ子が再び亡くなってしまうことへのリスクヘッジがひとつの理由と考えられている。

 それに、物心つかぬうちに神使という重大な責務を負わせるのも酷であるし、もしそうするなら大人の補助が必須となるだろう。だが神使の職務に大人が深く関わるならば、その者はいわば摂政のような存在になりかねず、神使の権威にかかわる。

 でも、ぼく的には釈然としない。

 だって「少女」と定義されている以上、成人した時点で神使は神使ではなくなるのではないか?

 理由づけをするならば、神使とはその職務に対する呼び名であり、そのために神は神の子を嬬恋家に授けるのだとすれば、神の子という「事実」は神使という役職を下りたとしても消えることはないと言える、のだが。


 考え事で頭が疲れてきた。ぼくは早々に寝転んで、パジャマパーティーから離脱する。

 もっとも、こういう時ほどかえって目がさえてしまうのだけど。だから、歳下ながらもたまに許された夜更かしだから、と張り切っていた双子の姉妹の方が先に寝息を立てるのも自然なこと。

 そしてここからは大人(一応全員成人済みだ)の時間、と思っていたところで早々に脱落したのは真耶さん。夜更かしは大の苦手なのだ。

 残るは花耶さんとぼくだけ。花耶さんは割と夜も大丈夫なほうなので、ひそひそ女子トークを始めても良いのだけど、彼女の方が先に気を遣ってくれた。

「なんか眠くなっちゃった、おやすみー、ごめんねー」

自分が眠りたくなったことにして、花耶さんは布団をひっかぶる。ぼくが考え事にとらわれていることを察してくれたに違いない。

 悪いことしたかなとも思ったけど、取り越し苦労だった。花耶さんは、寝ようと思うとすぐ眠れる特技を持っているから。


 夜は更ける。ぼくの思考は深みにはまる。

 現代人からみて、古くからある宗教的なしきたりの中には理不尽なものも少なくない。よそ者のぼくがどうこう口出し出来るものではないが、天狼神社のしきたりもまた時代にそぐわなくなっている部分が多いと感じる。

 だって、十分おとなの年齢に達した真耶さんにとって、天狼神社にまつわるさまざまな行事や儀式に関わり続けることが、真耶さんのしたいことに対する妨げになっているかもしれないじゃないか。

 少女だからこそ、世間の人々のなりわい、有り体に言えば、仕事などに振り回されず神使業に専念もできる。その代わり大人になればそれらの役割から自由になる、すなわち職業などを選ぶことができる。

 この村は古くから人々の自由を尊重してきた歴史がある。神託に基づく古くからのしきたりも、それを踏まえて神使は子ども、と決めているはずだ。


 それなのに、そのしきたりが、真耶さんの自由を縛っている。昔はそれで上手くいっていたであろう神使に関する神託が他ならぬ、神使である真耶さんを苦しめる、だなんて!


 ……叫び声を発する寸前で、目が覚めた。


 いつのまにか、眠ってしまったらしい。考え事と夢がごっちゃになっていたような気がする。部屋の灯りはタイマーで消えている。窓の外に広がる暗闇に浮かぶ、ぼんやりと真白な雪の輝きも、よりはっきりとわかる。時計は暗闇のなかにあって、はっきりした時刻までは分からないが、丑三つ時は過ぎたものの、夜明けはまだまだ遠いといった頃合いだろうか。

 このまま、まんじりともせず朝を待とうか? 嬬恋家の人々はほぼ揃って早起きだから、それに合わせて行動開始としようか?

 いったんは起き上がらせた上半身を再び布団の中に潜り込ませようとした時、ぼくは気づいた。

(明かり?)

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