その十八
そして神託は下された。
「その者の体内に神の子を授けるので、神使とされたし」
現代風に訳せばこのような意味となる。
神託は嬬恋家を切り盛りする女性が受けるものと定められている。女性神の言葉を賜るのもまた女性がふさわしいとされていたからだ。
そしてその言葉どおり、まもなく彼女の胎内に神から授かった命が宿った。
これが天狼神社の正しい縁起だともされているが、どうにも人くさいところがある。しかしこれとは別に、こんな昔話も残っている。
むかしむかし、山々に囲まれた、小さな小さな祠がありました。そこには美しく、それでいて強い心を持つ女神様がいらっしゃいました。人々はいくつもの山を越えて、神様にお参りに行きました。
ところが、このあたりの山々は暴れん坊で、しばしば火を噴き、真っ黒な煙を吐き出してその灰で田畑をうずめ、作物をだめにしました。
人々が助けを求めると、女神様はそれに答えました。ついては、火山のより近くに自分の住まいを作ってもらいたいと、人々に告げました。
そして、それまでいらっしゃった祠は、神様の使いのものであったオオカミに託し、そのためにオオカミにも神を名乗らせました。
そして、かわりの神使として、昔から祠を守り続けた一家に子どもを授けたのです。
この昔話の方が、ストーリーがコンパクトにまとまっているようにも感じられる。最近では、こちらが本来のこの神社の由緒だとする説も有力なようだ。
子どもを俗世とは一線を画した存在、一定の年齢に達するまで子は神のものである、と信ずる宗教観もある。
もし幼き子が命を失ったならばそれは神のもとに返されたのだ、そしてそれを乗り越えて生き延びた子は祝福されるべきなのだ、と。乳幼児の死亡率が高かった時代、幼子を無くした親へのせめてもの慰みと言ってしまえばそれまでだが。
天狼神社の神使が「人間の少女」とされたのも、子どもが神と近い位置にいるという価値観のあらわれかもしれない。
さて、この人間がオオカミに成り代わって神使の役を務めるしきたりは、遠い昔のお話ではない。日本でただ一つの人間を神使とする神社として、天狼神社は今もあり続けている。
もともと木花咲耶姫を祀る他の神社では、神使は猿であることが多く、オオカミが選ばれたのも天狼神社が唯一と言われている。このはな村はオオカミがより目立つ環境だったからのようだ。
そのオオカミが神の座につき、木花咲耶姫が天狼神社の主祭神ではなくなると、空いた神使の座は人間の少女が埋める。
では、なぜ少女なのか?
それは子どもを神に近い存在だとする信仰のかたちと、もともと女性神を祀っていたことから、そのオオカミもメスであったという神社の言い伝え、そしてメスのオオカミが女神となったからには、それに仕えるのも女児でなければいけない、という理由だ。
ではその、日本で唯一、神使を務める人間の少女は、どこにいるのか?
この天狼神社の、どこに?




