その十七
お蚕様があたかも神様のごとく奉られたのは、その商品価値からすれば自然なことで、産業資源に乏しかった山村では尚更だったろう。
そして、その「神様」のおはします所を模したこの部屋に、神様に近しい存在の
「神使様」
がいるというのも似つかわしい。
神使。
この国におはします八百万の神々は、それぞれ使いの役目を果たす眷属を従え、人間界との橋渡し役を任じている。
その役目を仰せつかるのはそれぞれの神に縁がある実在の動物であることが多い。鳩やニワトリ・ウサギ・鹿や亀、などなど。
多くは日本で昔から馴染みのある生き物だが、なかには想像上の生き物であったり、人間にとっては害にもなりうる野生のケモノや、はたまた虫のたぐいにすら神に使わされた生き物が存在する。
そして場合によっては、使いであるはずの神使そのものが祈りの対象となることがある。稲荷神社の狐はその典型といえよう。
一方、古くから日本各地においては、真神信仰が盛んであった。
真神、もしくは大口真神と呼ばれる神獣はニホンオオカミだと言われている。その姿は純白の毛を持つとの伝承もあるなど、真神の由緒に関する言いえは何通りか存在するが、動物でありながら神同様に崇められてきた、神獣である。
関東地方の山間部などには狛犬のかわりに狼の像が参道に身構えている神社もある。このはな村も山深いところにあるので、ニホンオオカミは珍しくもない野生動物だったのだろう。
神使、すなわち神の使いの動物という地位と、真神、つまり動物自らが神だとする信仰とは、一見して相容れないようでもある。
だがおそらく、土着のものとして根付いていた真神信仰と、古事記日本書紀をベースとする国史からの流れを持つ神道とがいつしか結びついたと考えられる。
現在、天狼神社は木花咲耶姫という女性神も祭神に名を連ねている。炎を司る力を持つことから、火に関する災いからの守り神として信仰を受ける。
ことに、活発に活動する火山を控えたところでは山を鎮められることを願い、しばしば木花咲耶姫を祭神としてお祀りする。このはな村は日本有数の火山密集地帯のそばにあるので、木花咲耶姫への信仰が生まれるのは自然なこと。村名にその名の一部を賜っていることからも、それは伺える。
天狼神社の鎮座するこの地は人里離れた山奥ではあったが、山ひとつ越えたところには江戸と京を結ぶ街道が古くより通っていた。
しかして、山あいを抜けていく街道は風光明媚な反面、ときには自然の猛威に直面する。わけても、活発に噴煙を上げる火山の存在は、あるいは脅威でもあったかもしれない。
木花咲耶姫がこの地に鎮座されることは、以上のことから自然な流れであった。そして、もとよりこの地におはしますところの真神も山の神という性質をもつので、その二柱が合祀されることも必然だったといえよう。
だがいつのまにか、二体の神は一体の神とその眷属、という関係に姿を変えて行った。それは街道の整備が進むとともに、他地域の宗教文化が入り込み、影響を受けたと考えられている。
真神は、木花咲耶姫の神使という地位に収まることとなった。
ところが皮肉なことに、活発に活動する火山に囲まれているという土地柄から、天狼神社におはします木花咲耶姫の力をお借りしたい、そんな願望が遠くいくつもの山を越えた遠方からすら起こり始めた。
天狼神社の木花咲耶姫は、いわば神様の出張を余儀なくされた。実際には、それは神官が神の力を求める人々のもとへ赴き、祈りを捧げるという形であるが、いずれにせよ天狼神社が人的にも神的にも手薄になることは変わりなかった。
ついには、木花咲耶姫にあらせましては新たに創建された神社へと遷移されたい、との希望が人々から多く寄せられ、ときの権力もこれを支持したという。
代わりに、この神社の祭神として、それまで神使を務めていた狼を神に昇格させることとなった。このとき、村社に天狼神社という名が与えられたと言われている。だからそれ以前については「現在の天狼神社」と呼ぶ方がより正確といえる。
こうして祭神の不在は解決した。だが、神使が神になったことで、今で言う玉突き人事的な事象が発生した。
神使の座が、空いてしまったのだ。
新たな神使選びは激しい議論を招いた。まず候補にあがったのは、神になった狼とは別の個体の狼。しかし、同じ種の動物の中で主従関係を作るのは好ましくないという声によってその案は斥けられた。
次に、狼と近い動物の犬ではどうか、という意見が出た。だが、近い種だからこそ、犬と狼の間に階級をもうけるのはいかがなものか? という懸念により、これも却下となった。
議論は長く混迷を極めたともいう。その中で次第に力を持ってきた主張は、そもそも木花咲耶姫に新たな社へとお移りいただいたのも、その代わりに神使の狼に神の座へと再びお座りいただいたのも、人間が決めたこと。だからその責任は人間が取るべきだというものだった。
責任を取るとは?
難しいことではない。神使の仕事を人間が請け負えばいいのだ。
だが、誰がそれをするのかで、再度議論は紛糾した。神様の御使というきわめて重要な職務は誰でも出来るものではないし、それにふさわしいとする、なんらかの理由付けも重要となる。そこが曖昧ならば、神に仕えるという特殊かつ名誉な職務を巡って争いごとが起きかねない。
こういう時に事を収めるには、権威あるものの意見を賜るのが一番納得を得やすかった時代だ。結論は神に委ねられた。
一定の儀式を経てのち、神託がもたらされた。




