その十
もっとも、気恥ずかしいではあるけれど、石川真姫という名前が嫌いなわけじゃない。ヒメというニックネームだって、嫌だというより照れくさいのだ。
ボーイッシュであることは認める。でも、わざとやってるわけでもないし、自分が好きなようにしてたらそうなった、というだけの話。
中学校の制服はスカートだったけど、抵抗なく履いていた。高校の途中でパンツも可になったときはすぐにそちらに乗り換えたけど、汚れたらスカートで代用し、洗濯した。
これだって、どうして? と聞かれても困るって話。そっちの方がぼく的には楽だから、としか言いようがない。パンツやスラックスの方が、ヒラヒラしないし、みたいな。
双子ちゃんたちは着替えのため子ども部屋へ。そして楓さんも帰り支度を始める。そろそろ出発しないと、次のバスには間に合わない。
ところが、楓さんの手が急に止まる。壁掛けの時計をじっと見ながら、
「あっそうか。もう一本あとにしよっと」
村営バスはおおよそ一時間に一本のペースでやって来る。日本のあちらこちらでローカルの路線バスが本数を減らしたり廃止したりしているなかでも、このはな村は頑張ってる方だと思う。
今日の楓さんのように、知り合いのお宅にちょっとお邪魔してちょっとお茶をして帰るにも丁度良い間隔だし、ちょっとした気まぐれや思いつきで、気軽に乗るバスを後にずらせる。
そして。
「ただいまー」
バスの到着予定時刻を過ぎて数分、再び玄関先から元気な声が届く。
「あ、花耶さん、おかえりー」
それを聞いた楓さんはすぐさま立ち上がり、真っ先に出迎えに玄関へと向かう。その声を聞いた珠美ちゃん・恵美ちゃん姉妹も、着替え直後の姿であとから続く。
「花耶おねーちゃん、おかえりー」
「おかえりー」。
花耶さんは希和子さんの姪で、ぼくがお世話になっている東京の嬬恋家で生を享けた。つまり普段からぼくと同居している、家族のような存在でもある。
そして希和子さんの姪ということは珠美ちゃん恵美ちゃん姉妹とも従兄弟に当たる。双子の姉妹どうしだと年齢差が無いので、二人とも花耶さんを実の姉のように慕って、甘えたがる。
花耶さんはぼくよりも早く年内の用を済ませて、一足先にこのはな村入りをしていた。といってもそれは一昨日のことだから、ぼくにとってはホンの二日ぶりの再会。
だからぼくは一番最後に玄関に向かう。希和子さんを先にお通しするだけの心の余裕がある。楓さんも久方ぶりの再会だろうし、会いたい思いが強い人を先に行かせてあげたい。




