その15
「閣下、旗艦艦隊がシーサク艦隊と戦闘を開始とのことです」
バンデリックが、サラサにそう報告した。
サラサ艦隊は、キンレディガンを出港しており、ワタトラの近海まで接近していた。
出撃数は15。
ワタトラを出撃した数が21だったので、大分減ってしまった。
2隻が撃沈され、4隻は航行は可能だが、戦闘行動に支障を来す恐れがあったので、同行を見合わせた。
エリオとの戦闘で、意外と被害を受けていた。
とは言え、数的不利で、対等に戦えたこと自体、凄い事だと見るべきだろう。
実際、オーマが今の戦術を採ったのは、サラサが戦力となる目処が付いていたからだ。
以下、サラサ艦隊が戦線参加する前のオーマとヤーデンのやり取りである。
「サラサ様が、これ程の被害を出すとは……」
ヤーデンは、報告を受けた時に驚きの声を上げた。
「いや、むしろ、これだけの数的不利、しかも相手は、クライセン公。
異常だよ、我が娘は」
オーマは、唸るようにそう言った。
第3次アラリオン海戦の事を思い出しているのは明白だった。
事ある毎に、これを思い出すのは、オーマのトラウマによる物だった。
「確かに……」
ヤーデンは、報告書を握りしめながらオーマに同意した。
ヤーデンもまた、第3次アラリオン海戦の事を思い出していた。
そして、ヤーデンもそのトラウマを感じていた。
数的不利にも関わらず、戦果は互角。
エリオの思惑はあったものの、戦場からの離脱にも成功している。
いや、思惑を利用して、見事に離脱したと言った方がいいかも知れない。
「父親としては、娘に2回連続で、数的不利な戦いを強いることにある。
心苦しいさ」
オーマは、苦笑いする他ないようだ。
「とは言え、そのお陰で、我らにも勝ちが見えて参りましたな」
ヤーデンも苦笑いする他ないようだった。
「ああ、とにかく、耐久し続け、サラサの来援を待つ事にしよう」
オーマは、考えていた作戦に目処が付いたようだった。
「タイミングはちょっと早いわね……」
サラサは、少し訝しがるように呟いた。
「まあ、敵も、全てこちらの思惑通りに動いてはくれませんから……」
バンデリックは、ついつい軽口を叩いてしまった。
なので、当然の如く、サラサに睨まれてしまった。
「ひぃ……」
バンデリックは、全身が強張ったのは言うまでもなかった。
とは言え、サラサもそんな事は百も承知だったので、すぐにいつもの表情に戻った。
「まあ、御父様のことだから、何とかするでしょう」
サラサは、ファザコンらしい言葉を発した。
「ほっ……」
バンデリックは、慌てて安堵の溜息を押し殺した。
サラサは、バンデリックの態度にムッとしながらもいつもの事だと思う事にした。
それより、今は、現状の再把握が必要だった。
机の上に広げられている地図の上で、自分の艦隊の駒を現在位置に置き、オーマ艦隊と敵艦隊の位置を確認した。
「うん……、位置関係としては、悪くないわね。
このタイミングで、仕掛けたのは流石かも」
サラサは、地図を眺めながらオーマに感心していた。
ちょうど、その時、バンデリックは、新たな報告を受け取った。
「閣下、戦闘海域がちょっと違うようです」
バンデリックは、そう言うと、オーマ艦隊とフランデブルグ艦隊の位置を西に少しずらした。
ほんの少しずらしただけだが、サラサの表情が一気に曇った。
「そして、報告によると、更に西にずれるのではないかという予測がなされています」
バンデリックは、神妙な面持ちでそう報告した。
それを聞いて、サラサの表情は益々曇った。
「意外と敵もやるもんね。
いや、これまでの作戦行動を見ると、手強い敵である事は確実と言えるわね」
サラサは、腕組みをしながら気を引き締め直した。
作戦が上手く行っているように感じられたので、油断はしていなかったが、それ程は心配はしていなかった。
だが、敵の行動の意図を読み取る上で、戦略目標を達成する為のワタトラへの攻撃と撤退、そして、今回、こちらの意図を読み取った上での行動。
いずれも、凡庸な提督には出来ない芸当だった。
「こうなると、我が艦隊が到着するが間に合わず、乱戦になる恐れがあります」
バンデリックは、困ったという表情を浮かべていた。
サラサは、バンデリックに指摘されるまでもなく、地図を見ながらそう感じていた。
とは言え、戦場からやや離れた位置にいる自分の艦隊は、今の所、何も出来ない。
「そうなったら、そうなったで、仕方がない。
我が艦隊は、このまま目的海域へ向けて航行する」
サラサは、打てる手がないので、現状維持を選択した。
とは言え、流されるままと言うより、決心を固めたと言う事である。
でも、まあ、ファザコン娘は父親に対して絶対的な信頼があるのは確かだった。
「了解しました」
バンデリックは、敬礼でサラサの決意に答えた。




