その12
「これが、名将の戦い方と言うものか……」
フランデブルグ伯爵は、突然そう呟いた。
ワタトラへの攻撃は、これで何度目だろうか?
連日同じパターンを繰り返していた。
「……」
参謀長のサズーは、何と反応していいか分からなかった。
感心しているように見えるが、困っているとも取れた。
指揮官が現状をどう思っているのかも図りかねていた。
何度か聞いてはみたものの、順調という言葉が返ってきてはいた。
言葉そのものを聞けば、問題はないのだが、問題はその表情というか、雰囲気である。
とても、順調という表情をしてはおらず、雰囲気も明るいとは言い難い。
慎重という性格から来るものなのだろうが、果たしてそれだけだろうかと考え込んでしまう。
指揮官と参謀長、まあ、ほとんどの水兵もそうなのだが、正規軍との海戦は初めての経験である。
「閣下、ルディラン艦隊が再び追尾してくる模様です」
イーグが、伯爵にそう報告した。
「攻撃を中止。
一旦、湾外へ出る」
伯爵は、同じ命令を繰り返していた。
イーグは敬礼すると、伯爵の命令を徹底させるべく、伝令係に指示を出した。
「……」
その様子を見て、サズーは何も言えなかった。
本来ならば、アドバイスなどをする所だが、連日こんなパターンである。
そして、特に困った事はない。
退屈と言いたい所だが、一つ気付いた事があった。
「閣下、ワタトラへの攻撃の時間が徐々に短くなってきているように思えます」
サズーはそう伯爵に言った。
艦隊は既に、湾外へと向かっていた。
「そのようだな……」
伯爵の方は、とっくに気が付いていたようだ。
「やはり、名将と言うべきなのでしょうか?」
サズーは、伯爵の慧眼に驚いていた。
そして、これまで感じていたプレッシャーの正体が分かったと言った感じだった。
退屈しなかったのは、こう言う事だった。
と言うか、退屈という言葉自体がおかしいか……。
「そのようだな……」
伯爵の方は、同じ言葉を繰り返した。
相変わらず、何を考えているか分からなかった。
とは言え、これまでは上手く戦っている。
「名将なので、苛烈な戦闘を予想していたのですが、予想を裏切られましたね」
サズーは、拍子抜けをしていた訳ではないが、かと言って安心した訳でもないと言った表情をしていた。
「ん?そうか?」
伯爵は、あれ?という表情をしていた。
感覚がずれているという感じだった。
「名将というからには、戦いに勝った結果だと思うのですが……」
サズーは、暖簾に腕押しになるような気分だった。
「それは正しい認識だと思う。
だけど、その認識と、苛烈な戦闘を仕掛けてくるとは必ずしも一致はしないさ」
伯爵は、久しぶりに長い言葉を話した。
「はぁ……」
サズーは長い言葉に意外だった事と、その言葉自体の意外性で、少々面食らっていた。
「まあ、要するに、過程はともかく、最後に生き残っているという事が大事だと思うよ」
伯爵は、自己完結してしまった。
「そうですね、確かに」
自己完結されてしまったのに、サズーの方は妙に納得させられた。
だが、同時に、腑に落ちないとも感じ始めていた。
「ああ、分かっている。
確かにそれだけではないだろうけど、何にせよ、一番大事な点が、最後に生き残っているという事だろうさ」
伯爵は、サズーの言いたい事を先回りしたように、そう付け加えた。
「ならば、我々もそれに肖りたい物ですね」
サズーは素直に伯爵の言葉を受け、そう言った。
「確かにな」
伯爵は、短くそう続いた。
サズーは、何か別なものを期待していた。
が、あっさりと会話が中断されたので、拍子抜けと言った表情になった。
2人はそのまま無言のまま、連日続けている行動通りに、ワタトラへの攻撃を始めた。
そして、オーマ艦隊の接近と共に、攻撃を注視し、湾内から離脱した。
いつも通りの行動の中、伯爵とサズーは、何となく嫌な予感がしていた。
どちらも口には出さないが、お互いが嫌な予感めいたものを感じている事を察していた。
「閣下、ルディラン艦隊がいつも通りの海域に留まらず、こちらに向かってきます」
イーグが、嫌な雰囲気の中、更に嫌な報告をしてきた。
「!!!」
サズーは、やはりかと思った。
そして、指揮官に意見を具申しようとした瞬間、
「迎撃する。
全艦、攻撃始め!」
と伯爵は、いち早く命令を下していた。
ドッカーン、ドッカーン。
命令が下ると同時に、オーマ艦隊への砲撃が始まった。
それを見たサズーは、驚きと共に、安心していた。




