その11
「閣下、再びシーサク艦隊がワタトラへ向かって進軍中です」
ヘンデリックは、そう報告した。
ワタトラへ攻撃しているシーサク艦隊に対して、オーマ艦隊は後方から攻撃を仕掛けようとした。
だが、それをいち早く察知し、ワタトラから離脱。
やって来たオーマ艦隊に対して、数の利点を活かす為に、広い海域での海戦に持ち込もうとする。
オーマ艦隊は、リスクを負う事を嫌い、その海域から撤退。
キャストフォード湾内で、シーサク艦隊を待ち構える。
ワタトラ防衛では有り得ない位置なのだが、王都防衛の方が優先なので、この位置で防衛戦を張らざるを得ない。
シーサク艦隊は、狭い海域で戦う事を避け、停止。
オーマ艦隊を湾内に押し込める形になった所で、再びワタトラへ向けて、進軍。
それを見てオーマ艦隊は、シーサク艦隊を追撃する。
この時、数的不利な為、オーマ艦隊の動き出しはどうしても一歩遅れてしまう。
シーサク艦隊は、ワタトラ攻撃中に、オーマ艦隊が挟撃を狙う為に出張ってきた所で、再び、ワタトラから離脱。
そして、以下、両艦隊の動きが繰り返されるだけだった。
「擬態の可能性は?」
オーマは何度となくした質問をしていた。
「何とも言えません」
ヘンデリックも何度なくした答えをしていた。
自分の意見としては、擬態の可能性はほぼないと踏んでいた。
とは言え、確実でないものを伝える訳にはいかなかった。
なので、現在、得た情報のみを伝えていた。
「……」
オーマの方もそれが分かっていたので、何も言わなかった。
そして、困ったような表情を浮かべながら確証情報が来るまで待つ他なかった。
もし、擬態の場合、戦線は一気に動き出す事になる。
それも、オーマが望まない方向でだ。
圧倒的な数的不利なので、正面衝突は避けなければならない。
敵の技量は未知数ながら、一連の動きを見る限り、練度が低いという事は有り得ないとオーマは感じていた。
なので、辛くともここは耐えなくてはならなかった。
自分の艦隊が突破されると、王都まで何の障害もなく、敵が侵入してしまうからだ。
「このままではジリ貧ですな……」
ヤーデンは、オーマの気持ちを代弁するかのように言った。
「まあ、そうなんだが、性急に動いた所で、事態は悪化するだけだからな」
オーマは、ヤーデンが代弁してくれたので、気持ちを切り替える事が出来た。
本拠地が攻撃され、損害が重なっている状況で、冷静に判断できる人間はそれ程多くはない。
例え、オーマという人物でさえ、それは耐え難い苦痛である。
でも、何とか、こうやって耐えている状況である。
耐えていれば、サラサ艦隊が来援する。
そうすれば、事態が好転する。
「閣下、敵艦隊、特に変わった動きはないとの事です」
ヘンデリックは、待ちに待った報告をした。
「了解した。
全艦、シーサク艦隊を追尾する」
オーマは、命令を下した。
ヘンデリックは、命令を受けて、伝令係へ指示を出した。
「それにしても、損害は意外と馬鹿にならないのでは?
大分、陸砲もやられているようですし」
ヤーデンは、やれやれと言った感じでそう言った。
「ああ、実に、嫌なやり方をしてくるな、フランデブルグ伯爵は」
オーマは、溜息交じりにそう言った。
「敵の指揮官は、クライセン公並ですかね?」
ヤーデンは、オーマに興味深げに聞いた。
エリオは、ここでも基準とされるぐらい、敵にとっては目の上のこぶ的な存在であった。
「それは、何とも言えないな……」
オーマは、意外にも真剣にそう答えた。
ヤーデンは、それを見て驚いていた。
と同時に、納得感もあった。
エリオは、オーマにとって特別視する敵であるからだ。
あの第3次アラリオン海戦での打つ手がなくなった時の事が思い出されていた。
「しかし、彼がこの場にいたら、このような戦いをするのでは?」
ヤーデンは、尚も興味が尽きないといった感じで質問を続けた。
「うーん、どうだろうな。
クライセン公の場合は、このような戦いの場合、ここには来ないだろうね。
全体を指揮するだろうからね」
オーマは、ヤーデンとは違った考えを持っているようだった。
「成る程、そうかも知れませんな。
と言う事は、クライセン艦隊の他の艦隊が派遣されると?」
ヤーデンは、こんな事を話してもどうしようもないのだが、興味があるのでまだ質問を続けた。
現状、苦戦している。
ある意味、オーマの目先を変えさせる事で、苛立ちを無くす効果も期待しているのだろう。
「そうだな、リーラン王国北方艦隊あたりが、派遣させるかも知れないな」
オーマも、気分転換の為か、ヤーデンの質問に答え続けていた。
「アスウェル艦隊ですか……。
かの艦隊なら、確かにこう言った戦いをするやも知れませんな」
ヤーデンは、納得したようだった。
「そっか、そう考えると、やはり、目の前の敵は侮るどころか、本当に注意しなくてはならないな」
オーマは、敵の力量を大体把握したといった感じでそう言った。
「はい、仰る通りかと思います」
ヤーデンは、オーマの言葉に、緊張せざるを得なかった。




