その10
戦いが始まった頃、サラサ艦隊は、キンレディガンに入港中だった。
そこで、補給と応急修理を行っていた間、フサントラン侯の訪問を受けていた。
ここ、キンレディガンがフサントラン侯の本拠地でもあり、第5軍管区の司令部が置かれていた。
ワタトラ防衛は、ルディラン一族だけではなく、第5軍の役目でもあった。
「ワタトラに周辺に配置されていた兵力は、既にワタトラに集結している。
また、その他の部隊もワタトラに向かわせるつもりだ」
艦上での会談で、侯爵が、まず、サラサに説明を始めた。
「援軍、ありがとうございます」
サラサは、侯爵の配慮にお礼を言った。
「そこで、まず、問題となるのが、リーラン王国の動きだ。
貴公は、リーランがここに攻めてくる可能性をどう思う?」
侯爵は、サラサに質問した。
侯爵は饒舌の方ではなかったが、事がこうなってしまっては、色々と話をしなくてはならないと思っているようだ。
それと、この時には、リーラン王国内のゴタゴタは、伝わっていなかったので、思わぬ動きに出たエリオを非常に警戒していた。
「攻めてくる可能性はないと、保証したいのですが、完全には言い切れません。
とは言え、今回、クライセン公が動いたのは、防衛意識の延長線上での事だと思います」
サラサは、自分の意見を述べた。
「うむ、貴公は、クライセン公がこう言った動きに出る事を予想していたのだな」
侯爵は、サラサの口振りからそう推定してきた。
その口振りから、頭の切れる御仁だと、サラサは感じた。
「予測の一つとして、考えてはいました」
サラサは、端的にそう言った。
そう言えば、通じると感じていたからだ。
「成る程、流石だな。
常に最悪の状況を考えていた訳か……」
侯爵は、感心したようにそう言った。
やはり、あの短い言葉で通じていた。
「かの艦隊の機動性を考えると、その可能性はあると思っていましたが、まさか、全艦隊を投入してくるとは思っていませんでした」
サラサは、忌々しいと思う感情を押し隠しながら、努めて事務的に言う事を試みた。
「貴公でも、驚く事をやってのけたと言う事か、クライセン公は」
侯爵は、感心を通り過ぎて、呆れているようだった。
ここまで話しているように、侯爵はサラサの実力をきちんと評価している数少ない人物だった。
それ故に、今後の戦いの予想を聞いておこうと思って、自らやってきたのだろう。
「で、そのクライセン公だが、サキュスを陥落させた後、勝利の余勢を駆って、ここに攻めてくる可能性は本当にないのだろうか?
貴公の話や、噂を耳にすると、とんでもない事を仕出かす人物のように感じられる」
侯爵は、更に確認するように聞いてきた。
エリオの評判は、敵にとってはあまりいいものではないのは確かのようだ。
この時、稀代の策略家は、『漆黒の闇』の2つ名が俄に広まりつつあった。
「サキュスを落とす事は可能でしょうが、そこまで恐らくやらないでしょう」
サラサは、エリオの戦略をそう言い切った。
この時点で、リーラン王国側の全面撤退はまだサラサの方には伝わっていなかった。
「絶好のチャンスなのに?」
侯爵は、びっくりしていた。
「落とせたとしても、維持するのが難しいですからね。
補給線があまりにも長すぎますから。
今回は、帝国の攻め手を無くす事が敵の戦略目標でしょう。
北方艦隊の迎撃が成功した事で、戦略的目標の一つがが達成されたました。
そして、拠点さえ破壊すれば、最終目標は達成されるでしょう
ですから、これ以上の攻勢はないと思われます」
サラサは、一族以外でここまで饒舌に説明のは初めてだった。
聞き手役としては、侯爵は優れていた。
と同時に、公平に情報を集め、判断しようとしていた。
「だが、余力が残っている場合、次にこちらを攻めてこないとは言い切れまい」
侯爵は、しきりにキンレディガンへの攻撃の可能性を気にしていた。
本拠地が攻撃されるかも知れないので、当然だ。
それに加え、ワタトラとの2正面作戦を強いられる。
更に、シーサク王国とスヴィア王国が連携して動いているのは明白なので、それに対応する為に、援軍も望めない。
そう言う点を全て考慮すると、攻撃された場合、苦戦以上の困難に陥る事は確実だった。
まあ、実際、エリオはここを攻める気は全くないし、今はそれどころではなかった。
それが、判明するのは、大分後の事なので、侯爵はこうして心配していた。
「彼と戦った経験から申しますと、それはないでしょうね。
戦略目標を達成したら、余力がある内に、撤退する。
それが、アイツのやり方です」
サラサは、忌々しく思いながら話し、最後にはその感情が表情に出ていた。
「ふむ……」
侯爵は、納得したような表情と共に、少しおかしくなった。
これまで、事務的に話していたサラサの表情が、素に戻っていたからだ。
「伯爵、貴公の考えはよく分かった。
理に適っている。
となると、ワタトラ防衛に全力を挙げるべきだな」
侯爵は、そう決断した。
「了解であります」
サラサは、侯爵に同意した。
「それにしても、貴公が一目置く、クライセン公とは、余程優れた人物なのだな」
侯爵は、感心したような、困ったような複雑な表情を浮かべていた。
「!!!」
サラサは、侯爵の言葉に思いっ切り反論しようとしたが、バンデリックの表情が目に入った。
バンデリックの表情は、完全に揶揄うような目になっていた。
なので、サラサは、出掛かった言葉を何とか飲み込んでいた。




