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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第2巻  作者: 妄子《もうす》
21.ワタトラ急襲

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その10

 戦いが始まった頃、サラサ艦隊は、キンレディガンに入港中だった。


 そこで、補給と応急修理を行っていた間、フサントラン侯の訪問を受けていた。


 ここ、キンレディガンがフサントラン侯の本拠地でもあり、第5軍管区の司令部が置かれていた。


 ワタトラ防衛は、ルディラン一族だけではなく、第5軍の役目でもあった。


「ワタトラに周辺に配置されていた兵力は、既にワタトラに集結している。

 また、その他の部隊もワタトラに向かわせるつもりだ」

 艦上での会談で、侯爵が、まず、サラサに説明を始めた。


「援軍、ありがとうございます」

 サラサは、侯爵の配慮にお礼を言った。


「そこで、まず、問題となるのが、リーラン王国の動きだ。

 貴公は、リーランがここに攻めてくる可能性をどう思う?」

 侯爵は、サラサに質問した。


 侯爵は饒舌の方ではなかったが、事がこうなってしまっては、色々と話をしなくてはならないと思っているようだ。


 それと、この時には、リーラン王国内のゴタゴタは、伝わっていなかったので、思わぬ動きに出たエリオを非常に警戒していた。


「攻めてくる可能性はないと、保証したいのですが、完全には言い切れません。

 とは言え、今回、クライセン公が動いたのは、防衛意識の延長線上での事だと思います」

 サラサは、自分の意見を述べた。


「うむ、貴公は、クライセン公がこう言った動きに出る事を予想していたのだな」

 侯爵は、サラサの口振りからそう推定してきた。


 その口振りから、頭の切れる御仁だと、サラサは感じた。


「予測の一つとして、考えてはいました」

 サラサは、端的にそう言った。


 そう言えば、通じると感じていたからだ。


「成る程、流石だな。

 常に最悪の状況を考えていた訳か……」

 侯爵は、感心したようにそう言った。


 やはり、あの短い言葉で通じていた。


「かの艦隊の機動性を考えると、その可能性はあると思っていましたが、まさか、全艦隊を投入してくるとは思っていませんでした」

 サラサは、忌々しいと思う感情を押し隠しながら、努めて事務的に言う事を試みた。


「貴公でも、驚く事をやってのけたと言う事か、クライセン公は」

 侯爵は、感心を通り過ぎて、呆れているようだった。


 ここまで話しているように、侯爵はサラサの実力をきちんと評価している数少ない人物だった。


 それ故に、今後の戦いの予想を聞いておこうと思って、自らやってきたのだろう。


「で、そのクライセン公だが、サキュスを陥落させた後、勝利の余勢を駆って、ここに攻めてくる可能性は本当にないのだろうか?

 貴公の話や、噂を耳にすると、とんでもない事を仕出かす人物のように感じられる」

 侯爵は、更に確認するように聞いてきた。


 エリオの評判は、敵にとってはあまりいいものではないのは確かのようだ。


 この時、稀代の策略家は、『漆黒の闇』の2つ名が俄に広まりつつあった。


「サキュスを落とす事は可能でしょうが、そこまで恐らくやらないでしょう」

 サラサは、エリオの戦略をそう言い切った。


 この時点で、リーラン王国側の全面撤退はまだサラサの方には伝わっていなかった。


「絶好のチャンスなのに?」

 侯爵は、びっくりしていた。


「落とせたとしても、維持するのが難しいですからね。

 補給線があまりにも長すぎますから。

 今回は、帝国の攻め手を無くす事が敵の戦略目標でしょう。

 北方艦隊の迎撃が成功した事で、戦略的目標の一つがが達成されたました。

 そして、拠点さえ破壊すれば、最終目標は達成されるでしょう

 ですから、これ以上の攻勢はないと思われます」

 サラサは、一族以外でここまで饒舌に説明のは初めてだった。


 聞き手役としては、侯爵は優れていた。


 と同時に、公平に情報を集め、判断しようとしていた。


「だが、余力が残っている場合、次にこちらを攻めてこないとは言い切れまい」

 侯爵は、しきりにキンレディガンへの攻撃の可能性を気にしていた。


 本拠地が攻撃されるかも知れないので、当然だ。


 それに加え、ワタトラとの2正面作戦を強いられる。


 更に、シーサク王国とスヴィア王国が連携して動いているのは明白なので、それに対応する為に、援軍も望めない。


 そう言う点を全て考慮すると、攻撃された場合、苦戦以上の困難に陥る事は確実だった。


 まあ、実際、エリオはここを攻める気は全くないし、今はそれどころではなかった。


 それが、判明するのは、大分後の事なので、侯爵はこうして心配していた。


「彼と戦った経験から申しますと、それはないでしょうね。

 戦略目標を達成したら、余力がある内に、撤退する。

 それが、アイツのやり方です」

 サラサは、忌々しく思いながら話し、最後にはその感情が表情に出ていた。


「ふむ……」

 侯爵は、納得したような表情と共に、少しおかしくなった。


 これまで、事務的に話していたサラサの表情が、素に戻っていたからだ。


「伯爵、貴公の考えはよく分かった。

 理に適っている。

 となると、ワタトラ防衛に全力を挙げるべきだな」

 侯爵は、そう決断した。


「了解であります」

 サラサは、侯爵に同意した。


「それにしても、貴公が一目置く、クライセン公とは、余程優れた人物なのだな」

 侯爵は、感心したような、困ったような複雑な表情を浮かべていた。


「!!!」

 サラサは、侯爵の言葉に思いっ切り反論しようとしたが、バンデリックの表情が目に入った。


 バンデリックの表情は、完全に揶揄うような目になっていた。


 なので、サラサは、出掛かった言葉を何とか飲み込んでいた。


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