その9
「やはり、付いて来ましたね」
マイルスターはいつもの和やかな口調で、シャルスの報告にそう反応した。
と同時に、エリオに対して、明らかにマウントを取っており、揶揄いも含まれていたのは明白だった。
「……」
エリオは、なるべく反応しないようにしていた。
昨夜、新月で、真っ暗な中、艦隊を移動させた。
周辺地形を熟知しているエリオ艦隊のなせる技だったが、それにも限界があった。
普通なら、翌晩頑張ったと褒められてもいい所だが、サラサ艦隊から目の届く範囲では意味がなかった。
とは言え、サラサ艦隊から見て、西側に位置していたのを、東側に変わっただけでも凄い筈である。
目的地のティセルには近付いたのだから……。
でも、まあ、何度も言うが、それでは意味がないのだが……。
そう言った行動をする前に、マイルスターからそれは意味のない事だと、アドバイスを受けていた。
そして、その通りになった。
更に、悪い事に、サラサ艦隊は急進し、エリオ艦隊の頭を抑えていた。
それにより、海岸線を行く他、手がなくなった。
そして、自由に動けないエリオ艦隊に対して、攻勢を仕掛ける事もしなかった。
サラサ艦隊が近付いて、砲撃戦になれば、浅瀬を利用して、有利に事が運ぶ。
座礁を誘ったり、位置を入れ替えて、サラサ艦隊を海岸線に追い詰めるなどして、いくらでもやりようがあった。
しかし、そんな事はサラサはよく分かっていた。
なので、そんな見え透いた手には乗らずに、最初の接触した時と同様に、距離を取りつつ、安全地帯を航行していた。
(流石に、冷静沈着な指揮官だな……。
こりゃ、厄介だ……)
エリオはやれやれ感満載だった。
とは言え、このまま推移すれば、少なくとも砲撃戦は避けられる。
その点では、すっかり安心していた。
と同時に、新月を利用して、東に移動した事が効いてきていた。
「敵は閣下が挑発なさったと思って、追ってきていますが、如何なさいますか?」
マイルスターは和やかな口調で、マウントを取っていた。
どちらかと言うと、マイルスターの認識の方が正しいと思われる。
そう、動いた事で、挑発されたといきり立っているサラサを想像しているマイルスターの方が!
「如何も何も、このまま推移する他ないだろう」
エリオは、いい加減、マイルスターを無視する事が出来なくなってしまった。
敵より味方の方がムカつくといった感じだった。
エリオ艦隊は、頭を抑えられてはいたが、前日の睨み合いで、動けずという状況からは脱していた。
ゆっくりだが、ティセルに向けて、航行を続けていられた。
その点では、最善な状況ではないが、目的は何とか達成されそうだった。
「やはり、我慢できなかったのですね」
マイルスターはどうしてこうなったかの理由をそのものズバリと言った。
「うるさい!」
エリオは珍しく、論理的思考を放棄したようだ。
それを見たマイルスターが、やれやれ感満載になった。
でも、まあ、確実に一本取ったと行った感じでもある。
(まあ、たまには年相応の行動をするのも良いでしょう……)
マイルスターはやれやれと感じながらも、少し微笑ましく思っていた。
今回は、困難な方を選択しても、戦闘にはなりにくいと判断した事も関係していた。
尤も、そんなリスクがある場合、エリオもそちらを選択しない事は、マイルスターにはちゃんと分かっていた。
無難な方の選択としては、睨み合いに陥った時に、さっさと王都に帰還するというものだった。
そうすれば、何の困難もなく、すんなりと王都に帰還できただろう。
ただ、そうなると、エリオの欲望が満たせなくなる。
エリオに欲望があるのかと言われると、実はない訳ではなかったという事が、今回の行動で示されたと言う事になる。
その為に、ティセルに着くまで、長い間、神経戦を繰り広げる選択をしたのだった。




