その6
シーサク王国の海軍提督フランデブルグ伯爵。
今回、遠征艦隊の司令官を任命されていた。
「これ程の大作戦、何故、私が選ばれたのだろうか?」
フランデブルグ伯爵は、洋上でそう呟いた。
伯爵は、青年期から中年期に差し掛かってはいた。
体型は、やや痩せ気味だったが、均整が取れていると言っていい程だった。
その為、姿形は品のいい貴族そのものだった。
だが、額には歳より多くのしわが刻み込まれていた。
更に面白い事に、ぼやいているようでニヤけていた。
しわのせいで、ニヤけているようで、何かを憂いている感がある。
この辺は、伯爵の性格を表しているのだろう。
「無茶なさらないからではないでしょうか?」
艦隊参謀長のサズーが、呆れながらも当たり障りの無いようにそう言った。
本来ならば、これ程の大作戦。
武人の誉れと思う所なのだが、自分の上官はそうは思わない人物のようだった。
いや、ニヤけている時点で、与えられた地位には満足しているのだろうと感じてはいた。
が、それ程単純な人間ではないのだろう。
面倒さもきっちりと理解しているという所か……。
「そうなると、ワタトラを落とさなくていいという事だろうか?」
伯爵は、安心したような困ったような表情をしていた。
「総司令官閣下のバーグ公爵からは、可能ならば落とせとの命令でしたが、無理はしなくていいとも仰っておりました」
サズーが、出撃に当たっての、総司令官の訓示を思い出しながらそう言った。
伯爵は、参謀長と同じ場所にいたので、同じ訓示を聞いていた。
そして、参謀長の言葉で、やはり、自分の解釈が間違っていない事に安心した。
だが、安心してばかりいられなかった。
「その辺が、いつも微妙だと思う。
どうして、その辺の指示が明確ではないのだろうか?」
伯爵は、どちらとも取れる命令を受けたので、困っていたのだった。
(大体、これにより、後で文句を言われるのではないか……?)
この懸念は、口に出すと不味いので、伯爵は心の中に留めておいた。
不味いと感じたのは、言霊となって返ってくると感じているからだった。
とは言え、やはり、意外と目敏い性格であるようだ。
だが、地位や役職には弱いのだろう。
どうしても、ニヤけてしまう。
「現場での裁量を完全に任されたと考えていいのでは?」
サズーは、指揮官をなるべく前向きにさせようと誘導しているようだった。
「とは言え、ここで、撤退する訳には行かないのだろ?」
伯爵は、とんでもない事を口にした。
戦いを避けようとしている姿勢からは、エリオと同じ匂いを感じられる。
ただ、戦略という意味では、それを全く理解していない意見である事は間違いが無かった。
いや、伯爵自身は、理解はしているのだろう。
だが、なるべく楽をして、功績を挙げたいという思いが隠せないでいた。
「まあ、それは行きませんな……」
サズーは、呆れながらも努めて冷静にそう答えた。
「それならば、完全に任されているとは言い難いな……」
伯爵は、眉間にしわをより深くしながらそう言った。
「……」
サズーは、何も言えなくなってしまった。
「我々は陽動で間違いがないのだな?」
伯爵は、サズーの気持ちにはお構いなしで、質問をした。
「はい、それは間違いがないと思われます」
サズーは、伯爵の質問に探るような感じで答えた。
次は、どんな言葉が飛び出すか、予想し難いからだった。
「うむ……」
伯爵は、サズーの予想に反して、頷いただけだった。
それを見たサズーは、一息付けたと思った。




