その4
オーマは艦隊を率いて、洋上にいた。
艦橋で、静かに潮風に当たっていた。
エリオと違って、様になっていた。
あ、一々そんなこと言わなくても分かっているって……、まあ、ねぇ……。
それはともかくとして、オーマは、別に悠長に事を構えていた訳ではなかった。
「閣下、艦隊を分けなくて、本当によろしかったのですか?」
ヤーデンは、今更ながら、と言うか、再三確認していた。
シーサク艦隊は既に、ワタトラ周辺海域に到達しており、今更作戦の変更は不可能だった。
前の段階では、シーサク艦隊に先んじて、ワタトラに艦隊もしくは、艦隊を分けた部隊をギリギリ送り込めた。
だが、オーマはそれを敢えてしなかった。
「ただでさえ、数的不利なのに、それを助長する必要はあるまい」
オーマは努めて、サバサバとそう言っていた。
艦隊は、キャストフォード湾を出た海域にあった。
ワタトラは、2つの半島の向こう側だった。
つまり、ワタトラには艦隊が存在していなかった。
と言う事は、ワタトラの被害は覚悟の上という事だ。
これは、王都には敵を近付けないという意思表示である。
「まあ、無防備という訳ではないので、すぐに落ちるとは思えませんが……」
ヤーデンは、ワタトラの状況を口にしていた。
「市民の避難は、ちゃんと行われているんだろうな」
オーマは、別の心配をしていた。
「はははっ……」
ヤーデンは、オーマの懸念に苦笑で誤魔化した。
「確かに物的被害は痛いのだが、人的被害はもっと痛いと、あいつらは分かっていないな」
オーマは、やれやれと言った感じで言った。
「あいつらにも面子があるのでしょう。
サラサ様の留守中に、好き勝手にやらせる訳にはいかないと」
ヤーデンは苦笑したまま、市民達の代弁をした。
「ふぅ……」
オーマは、何とも言えずに、溜息をついた。
「まあ、それだけ、サラサ様が市民に好かれているという事で、喜ばしい事ではないですか」
ヤーデンは、フォローを入れた。
「そういう事にしておくか……」
オーマは、複雑な表情を浮かべたまま、この件に関しては口にする事を止めた。
まあ、これ以上、言っても無駄だと判断したのだろう。
それを分かっていた為、ヤーデンもそれ以上は言わなかった。
「とは言え、無茶はしないように、徹底させよ」
オーマは、一度は黙ったが、やはり気になるようで、一言だけ、付け加えた。
「了解しました」
ヤーデンは、オーマの言った事を素直に受け入れ、ヘンデリックに合図を送った。
ヘンデリックは、敬礼すると、すぐに、伝令係にその旨を伝えた。
「でも、まあ、人の心配より、自分達の心配が先か……」
オーマは、冷静になってそう言った。
確認されているだけで、シーサク艦隊は47。
こちらは、22隻。
サラサ艦隊の21隻と合わせて、ようやく対抗できる数である。
湾内付近に布陣していたのは、数の不利さを補う為だった。
向こうがこちらに向かってくる場合は、守勢に徹して時間稼ぎをする。
地形の点から、後ろに回り込まれる可能性はほぼないので、数的不利も補える。
こちらを無視して、ワタトラに直進するなら、その後背を攻撃して、嫌がらせをする。
これも、サラサ艦隊の来援を待つ為の時間稼ぎだった。
「敵がどう出てくるかが、問題ですな」
ヤーデンの思考も起こりうる戦いに向かっていた。
「シーサク艦隊とは交戦経験が無い。
力量が分からない所が、問題だな」
オーマは、慎重だった。
「シーサク王国が成立して、約60年。
海軍は我が国同様、それ程、強い訳ではありません。
とは言え、我が国よりは、総兵力では上ですが……」
ヤーデンは、シーサク王国の説明を行った。
歴史的に見て、バルディオン王国とシーサク王国は新興国家に分類されている。
ただ、国情にはそれなりの差があった。
バルディオン王国は、東隣のウサス帝国と同盟関係だが、従属性を含んでいた。
シーサク王国は、南隣のスヴィア王国と西隣のメジョス王国と三カ国同盟を結んでいた。
この同盟は、対等なものである。
総合的な国力もシーサク王国の方がやや有利である。
ただ、両国は国境を接しているが、ネルホンド連合が間に存在するために、これまで大きな戦闘は行われてこなかった経緯がある。
そして、特に、宿敵という関係でもなかった。
どちらかと言うと、ウサス帝国とスヴィア王国の敵対関係に両国が巻き込まれているという感じである。
今の所は……である。
まあ、国際情勢など、何を切っ掛けに大きく動くかはよく分からない。
敵同士が和解したり、味方同士が分裂したりする。
両国は、どう言った運命を辿るのだろうか?




