その3
「閣下……」
確かに懸念はあるものの、ヤーデンは、オーマの思い過ごしだろうと思って、声を掛けようとした。
「ま、今はそんな事より、我々の方が問題だな。
少ない艦数で、ワタトラと王都の2箇所を守らなくてはならない。
結構、これは骨が折れるな」
オーマは、ヤーデンが何か言う前に、目の前の懸念事項を考えるように、そう言った。
「そうですな……」
言葉を遮られた格好になったヤーデンが、歯切れが悪かったが、今回は同意した。
なので、それ以上は、追及する事はしなかった。
作戦は既に立てている訳だし、殊更、悪い状況を確認したくはなかったからだ。
「それに、今回の戦いは敵の陽動作戦の一環だろう……」
オーマは、局地戦だけではなく、戦局の全体像を口にした。
バルディオン王国には、西の端にラロスゼンロと言う都市がある。
このラロスゼンロと言う都市は、ソロンクロスザ湖の湖畔にある都市である。
その湖は、バルディオン王国だけではなく、シーサク王国とスヴィア王国に跨がっていた。
そして、その湖を渡って、シーサク王国とスヴィア王国はラロスゼンロに攻め込んでいた。
今回は、ここの攻撃が主目的で、戦力を集中させないように画策しているのは明らかだった。
「見え透いた分かりやすい手ではありますが、だからと言って、油断していいとは限りませんね」
ヤーデンは、オーマの危機感に同意した。
「そうだな、油断して、陽動作戦の方が上手く行ってしまったとなったら、目も当てられない」
オーマは苦笑した。
「確かに……」
ヤーデンは、オーマとは違い、苦笑いも出来ないでいた。
そうなった時の、損害を考えると、軽々しく口に出来るものではなかったからだ。
「それに、今回はこれだけでは済むまい……」
オーマは、一転して深刻そうな表情になった。
あ、まあ、これまで、エリオのように呑気に構えていた訳ではないのだが……。
「!!!」
ヤーデンは、その言葉に絶句してしまった。
「スヴィア王国は、これを機会に、マグロットに侵攻するだろう。
軍事バランスが崩れた今、年明けを待つまではないだろうから。
いや、これも一連の作戦と考えるべきだな」
オーマは、更に厳しい表情になった。
「クライセン公が動いた為に、敵にしてみれば、事がやりやすくなったと言う事ですか……」
ヤーデンは愕然としながらも、事の真相を把握した。
「……」
オーマはそれに対して、無言で頷いた。
マグロットは、ウサス帝国とスヴィア王国の国境にある帝国側の都市である。
毎年、攻防戦が繰り広げられている。
去年は、スヴィア王国側が攻撃目標を変えて、都市の南に浮かぶセッフィールド島を攻略しようとした。
それを援軍として参加していたサラサが撃退していた。
ここまで大規模に連動した作戦を展開してくるのは、実はセッフィールド島沖海戦で、サラサが勝利した事も一つの原因でもあった
セッフィールド島の攻略は、ここを橋頭堡として、一帯の制海権を握ろうとした事は明白である。
今回もそれを注意しなくてはならないので、帝国側としてはここに防衛戦力を割かなくてはならない。
そして、今回はワタトラを攻める事により、バルディオン王国艦隊の来援を封じることに成功していた。
これにより、帝国艦隊単独での防衛を強いられるため、スヴィア王国側の作戦成功率が高くなったと言える。
更に、エリオがサキュスに攻め込んだ事は、スヴィア王国側に有利に働く事になるだろう。
なので、スヴィア・シーサク両王国はこの機会を見逃す筈がなかったのだった。




