その12
ヤルスが復帰したとは言え、それは状況変化をもたらすものではなかった。
元々、ヘーネス家は武力を持っていない。
なので、当然と言えば、当然である。
とは言え、ヤルスの復帰により、首魁が知れたのはいい事ではある。
しかしながら、こんなにガバガバでいいのだろうか?
敵にするにはいい相手なのかも知れないが、それだったら反乱なんて起こすなと言いたい。
こんな風にリ・リラは感じてはいたが、流石に口に出す訳にはいかなかった。
正直な所、そんな相手でも現状では、かなりの脅威になっていた。
変な言い方だが、反乱の時期と規模が適切だったからに他ならなかった。
そして、気の利く指揮官だったら、リーラン王国は長い内戦に突入して行く予定である。
「第2軍、近衛隊から報告です。
王都内の騒乱は、収まりつつあります。
しかし、ホルディム伯、アリーフ子爵共に、まだ行方は掴めていないようです」
リーメイは淀みなく、リ・リラにそう報告した。
彼女は侍女ではあるが、リ・リラの乳姉妹で、義理の姉のような存在である。
そして、4人組のまとめ役だったので、毅然とした態度は当たり前なのかも知れない。
その態度は、ある意味、従兄のシャルスより、副官らしかった。
「やはり、ホルディム家だけではなく、ライゴール商会に関わりにある施設をしらみつぶしに叩いていく他ないようですね」
リ・リラは、エリオばりにやれやれ感を出しながら、そう言った。
ライゴール商会は、裏でホルディム家と関わりが深かった。
ホルディム家がのし上がってきたのも、商会との付き合いで財力が蓄えられたからだった。
「……」
傍らにいたヤルスは、黙っている他なかった。
彼は内政の専門家であって、軍事・治安に関しては専門外だった。
なので、余程おかしな事にならない限り、口を挟む気はなかった。
まあ、彼の性格の面からもそういう事になるのだろう。
というか、ヤルス自身は自分が口を挟む場面はないと考えているようだった。
なら、何故ここにいるかというと、最後の盾になる為にいると言った意味合いがあった。
現在、王宮は、リ・リラの親衛隊のみが警備をしており、非常事態なのに、警備が手薄であった。
親衛隊は、効率的に配置されているものの、やはり、厳しい状況である。
万が一の事がないとは言い切れない。
「エリオ様が、一両日中には戻ってこられるそうです」
リーメイは、次の報告をした。
リ・リラは一瞬安心した表情になった。
当然、リーメイは、それを見逃さなかった。
「あの馬鹿は、どうして、いつも肝心な時に、こう、遅いのかしら!」
リ・リラは、緩んだ表情を引き締めながら、怒って見せた。
(いやいや、寧ろ、もの凄い早いのでは……)
ヤルスは、いつも通りの無表情のまま、驚いていた。
(何も、こんな時まで、強がる必要はないのに……)
リーメイの方は、リ・リラの態度に呆れていた。
傍にいる2人が真逆の反応をしているのは、興味深い。
……。
三者三様の反応の為、一瞬、間が空いてしまった。
「陛下、クライセン公は、伯爵の艦隊を突破したと言う事なのでしょうか?」
ヤルスが、気を取り直すように、改めて聞いてきた。
「……」
情報がないリ・リラは、判断しかねたので、無言でリーメイを見た。
「いえ、何の報告も入っておりません」
リーメイは首を横に振ると、そう答えた。
「情報封鎖って、事なの?」
リ・リラは、露骨に嫌な顔をした。
「あ、陛下……、内通者がいないとは言い切れませんから……」
ヤルスは慌てて、エリオの弁護をした。
リ・リラは、それを手で制した。
まあ、分かっている事だったからだ。
「と言う事は、これで確定した訳ね」
リ・リラは、次の話題へと移っていた。
「はい」
リーメイは、リ・リラの言う事に頷いた。
「???」
ヤルスは、当然、2人には付いていけないようだった。
「ホルディム伯もアリーフ子爵も王都に潜んでいる事がこれで確定したと言う事ですよ、カカ侯」
リ・リラは、察していないヤルスに説明した。
「成る程。
それに、指揮官のいない艦隊を制圧する事はクライセン公にとっては容易いという事ですか……」
ヤルスは、感心したように言った。
「制圧したと言うより、ホルディム・アリーフ艦隊は自らエリオの元に下ったんでしょうね」
リ・リラは、笑みを浮かべながらそう言った。
「はっ?」
ヤルスは、無表情を保てないでいた。
「指揮官はともかく、水兵達は、エリオの戦い振りを間近に見ています。
そして、助けられてもいます。
そうなると、指揮官がいない事を幸いに、強い方に付くのでは?」
リ・リラは、まるで見てきたように確信があるようだった。
「仰る通りです……」
ヤルスは、スワン島沖で、ルドリフ艦隊と対峙した時の事を思い出していた。
なので、リ・リラの言う事に素直に納得した。
(どうやら、敵を徐々に追い詰めているようだな……)
ヤルスは、状況を鑑みて、少し安心し始めていた。
「伝令!
王宮内に敵兵の侵入を許しました!」
突然、執務室の扉の向こうから、そう叫び声が聞こえた。
!!!
和らぎ始めた空気が、一気に緊張した。




