その10
「アリーフ艦隊参謀長マリデンから伝令。
ホルディム・アリーフ艦隊共に、降伏すると」
シャルスが、そう報告してきた。
「えっ?」
マイルスターは、思わぬ展開に、完全に付いていけない様子だった。
無論、周りも。
まあ、エリオとシャルス以外はと言った方が正確だろう。
しかし、降伏すると言いつつ、白旗が揚がっていないとマイルスターが思った。
その瞬間、ホルディム・アリーフ艦隊の各艦が、次々と白旗を揚げていった。
エリオは、それを見て、やっぱりという表情をしていた。
シャルスは、特に感想はなく、いつも通り空気を読まずに、落ち付いていた。
(何々だろうか、この御方は……)
マイルスターは、頭が混乱する一方だった。
当然、エリオ艦隊の雰囲気もそんな感じだった。
だが、そこは、伊達に総参謀長を務めている訳ではなかった。
「閣下、罠の可能性は?」
マイルスターは、混乱しながらもするべき質問は投げかけてきた。
こうでないと、エリオの参謀は務まらない。
2人以外の周りの空気もそれを聞きたかった。
「マリデンの名で発せられた事だからね。
恐らく、ホルディム伯もアリーフ子爵も艦隊にはいないんだろうね」
エリオは、普段通りに気の抜けるような口調でそう言った。
「えっと……」
マイルスターは、更に頭の中が混乱しただけだった。
そして、助けを求めるように、シャルスを見た。
「伯爵も子爵もいない中、我々と戦いたくないという事なのでしょう」
シャルスの方も、いつも通りの口調で、あっさりとそう断言した。
「向こうの方が圧倒的多数なのに?」
マイルスターのこの疑問は尤もだった。
「今回はそうでしょうが、それ以降の事を考えると、伯爵や子爵の下に一致団結といくでしょうか?
それに、彼らは、総司令官閣下の戦い振りをよく知っていますし、何度か助けられていますからね」
シャルスは、目をパチクリさせながら、何でそんな簡単な事が分からないのかという表情だった。
マリデンは、第3次アラリオン海戦でホルディム伯の副官を、スワン島沖海戦でアリーフ艦隊の参謀長を務めていた。
そう言う背景から、エリオの力量をよく理解していたと同時に、救出された恩もあった。
「成る程……」
マイルスターは、シャルスの表情に珍しくはムッとしていたが、納得せざるを得なかった。
そして、それを切っ掛けに、艦隊の雰囲気も安堵の空気に変わっていった。
「それにしても、閣下の深慮遠謀さには頭が下がりますね。
こう言う事もあると考え、彼らを助けていたのですね」
マイルスターは、何時になく、感心していた。
「……」
エリオは、1人取り残されたように、唖然としていた。
周りの雰囲気が全く理解できていない事は明らかだった。
非常に残念なヤツである。
エリオは、ただ単にホルディム・アリーフ艦隊の様子から、いち早く敵対行動はないと判断しただけだった。
それはある意味凄い事なのだが、それに至った経緯まではシャルスのようには、全く理解できていないようだった。
なので、全てが台無しになってしまった。
……。
こうなると、エリオ以外の艦隊一同は呆れる他なかった。
とは言え、間抜けな雰囲気のままここに佇んでいる暇はなかった。
「ホルディム・アリーフ艦隊に伝令。
白旗の必要なし。
マリデンを両艦隊の司令官代理に任命。
そして、海軍司令部より命令された当初の任務に復帰するように」
エリオは、微妙な雰囲気をものともせずに、命令を下した。
シャルスは、敬礼と共に伝令係に指示をいつも通り飛ばしていた。
それを見た艦隊一同は、まあ仕方がないかと言った感じで、それぞれの持ち場で任務に励む事にした。
(結局、この御方は、訳分からないな……。
とは言え、今回は、この御方の人間らしい所も垣間見えた)
マイルスターは呆れ果ててはいたが、安堵したような変な気持ちになっていた。
そして、それは、今回、無策だったエリオに対しての気持ちだった。
エリオは、今は平気な顔をしているが、それだけ焦っていたのだった。
とは言え、今回は完全に運が良かっただけだと思うべきだろう。
稀代の策略家の名が泣きますね……。




