その8
軟禁中でも、ヘーネス家とホルディム家の折衝は続いていた。
交渉は決裂したとは言え、ホルディム家にとっては、ヘーネス家は利用価値がまだあるという判断なのだろう。
軟禁されているヘーネス家は、公爵とヤルスの2人と変わらなかった。
一方のホルディム家の方は、伯爵の他に、息子であるアリーフ子爵まで加わっていた。
現アリーフ子爵であるアイオは、エリオの命令で王国近海の警戒態勢を命じられていた。
その為、王都にちょっと寄ってみたといった形で、ここにいた。
命令の正確性から言えば、ここにいてはいけない筈ではあるのだが……。
現状、クライセン艦隊は全艦、遠征中であり、ホルディム艦隊は全艦、王都近海に集結中であった。
そんな中、何度目かの交渉がまた決裂した。
ちょうど、ロジオール公が王都を出撃した時期と一致していた。
伯爵と子爵は、公爵と侯爵が軟禁されている部屋を出て行った。
「きちんと2人を見張っていろ!
場合のよっては、全ての責任を取って貰うんだからな」
部屋の外から、伯爵が番兵に言っている言葉が聞こえてきた。
ヘーネス家の親子は、それに対して何の反応も示さなかった。
こんな事態になった時点で、そんな事自体は予想は出来ていた。
なので、今更、慌てる必要もないと考えているのだろう。
まあ、それはともかくとして、公爵家のトップ2人がこんな事になっているので、ヘーネス家の誰かが助けに来てもいい筈である。
だが、その為の実働部隊が、ヘーネス家にはなかった。
警備をする程度の兵士は有しているが、ホルディム家にとても対抗できるものではなかった。
ヘーネス家は、ホルディム家の実働部隊を欲していたし、ホルディム家は、ヘーネス家の権威を欲していた。
利害関係が一致している間は、上手くやって来られたが、こじれてしまえば、呆気ないものである。
「しかし、ホルディム伯は、敵味方の区別がどうして付かないのだろうか?」
ヘーネス公は呆れ果てていた。
「……」
ヤルスは驚いてしまい、何も言えなかった。
と言うのも、こう言った事を言う父親ではなかったからだ。
常に寡黙で、必要以上な事は口にはしない。
と言うより、必要な事も口にはしない場合もある。
そんな父親が、軟禁されてからよく言葉を発するようになった。
恐らく、息子に気を遣っての事だろうと、ヤルスは感じていた。
(思えば、父上とこんなに同じ部屋で過ごした事はなかったな……)
ヤルスは、今の状況が不思議だった。
かなり追い込まれている状況だったが、そんな風に思える程、冷静だった。
「クライセン公は、敵ではなく、競争相手だと言うのに……」
ヘーネス公の言葉はまだ続いていた。
「そうですね……」
ヤルスは、全くその通りなので、そう相槌を打つしかなかった。
こんな感じで、ヘーネス家の親子は何日か過ごしていた。
そして、その間に、ホルディム家の親子の訪問を受けていた。
だが、ある日を境に、ホルディム家の親子の訪問が止んでしまった。
ヘーネス家の親子は、事態の変化を敏感に察知した。
「ホルディム伯は本格的に動いたな」
先に言葉を発したのは、公爵の方だった。
「はい、恐らく、ロジオール公も王都を離れたと思われます」
ヤルスも、父親に賛同するように事態の予測をした。
「そうなると、我らも覚悟を決めるべきだな」
公の言葉には、珍しく熱を感じた。
「……」
それを聞いたヤルスは、びっくりした表情で絶句したような形になってしまった。
「クライセン公は、強力な競争相手ではあるが、競争相手を不当に扱う事はしない。
何せ、あのホルディム伯でさえ、使っていたのだからな」
公は、そう言うと、自然とニヤリとしてしまった。
「……」
ヤルスは、初めて見た父親の表情を見て、今度こそ本当に絶句してしまった。
「カカ侯ヤルス、貴公に命じる。
貴公は、ここから抜け出し、陛下の元へ馳せ参じ、事の次第を有り体に申し上げろ」
公爵は、いつもの冷静な口調に戻って、息子に命令を下した。
「畏まりました」
ヤルスは、恐らく父親の最後の命令だと感じながら、直立不動になった。
だが、聞き返さない訳にはいかなかった。
「父上は如何なさるのですか?」
ヤルスは、父親を真っ直ぐ見据えてそう尋ねた。
答えは既に分かっているだが、やはり、聞かない訳にはいかなかった。
「そなたの剣の腕を以てすれば、ここを何とか突破できよう。
だが、私は足手まといになるだけだからな。
ここで、そなたの脱出の時間稼ぎをする」
公は既に、自分の運命を決してしまっていた。
「父上……」
ヤルスは、何か言おうとしたが、その後の言葉が続かなかった。
状況的に、否も応もなく、父親の命令を実行するのが最善の手である事は明らかだった。
公爵は、内政手腕は超一流であるが、剣技に関しては、息子には遠く及ぼなかった。
寧ろ、ヤルスの才能が、ヘーネス家では異質だった。
「折角授かった剣の才能、ここで活かさないでどうする」
公は、命令の後押しをする事を口にした。
「……」
ヤルスは、普段込み上げてこない感情を抑えるのに、必死だった。
「これは王国の運命を左右する事。
この身がどうなろうと、反乱の首謀者として祭り上げられるのは絶対に避けなくてはならない。
そして、貴公は陛下の元に辿り着く事で、ヘーネス家を守る事にも繋がる。
頼んだぞ」
公は、最早命令ではなく、最後の頼み事として、息子に託した。
「承知しました。
不肖の息子でありますが、全力を尽くさせて貰います」
ヤルスは、父に対して、一礼した。
「不肖ではないがな……」
公は、そう言うと、微笑んでいるようだった。




