その7
「つまり、今回の作戦で、クライセン公を排除した後、帝国とは修好条約を結ぶ手筈になっております。
ですので、帝国の脅威はお考えなさらなくて結構です」
伯は、得意気に話し終えた。
敵だろうが、味方だろうが、大物の名前を出せば、事が済むと考えているのだろう。
「伯、貴公の敵は誰だ?」
公は、いつもの冷静な口調でそう問うた。
公にしてみれば、かなりきつい事を言っている自覚があった。
だが、残念ながら、表情が乏しいので、伯には伝わっていなかった。
「無論、クライセン公です」
伯は、意気揚々と断言した。
この言葉に、ヘーネス公だけではなく、ヤルスも頭を抱えた。
冷静すぎる親子にしては、滅多にない事である。
……。
そして、なんと返していいか分からずに、黙ってしまった。
これも非常に珍しい事である。
口数こそ少ないが、実務に長けたヘーネス公である。
すぐに、切り返す事などは容易いはずではある。
が、今回の場合は、あまりの事で、言葉も出てこないようだった。
「閣下こそ、敵を見誤ってはなりませんぞ」
伯は、何も言わない公に対して、調子づいたようだった。
それを聞いたヘーネス公は、大きく溜息をついた。
伯はそれを訝しげに見えていた。
「ホルディム伯、貴公に一つ問いたい」
呆れ果てているものの、公の口調はいつもの冷静な口調そのものだった。
「何なりと」
伯は、得意気にそう言った。
「クライセン公を排除したとし……」
公は、そう言いながら、一呼吸置いた。
正直、とてもそんな事が出来るとは思ってはいなかったからだ。
「フレックスシス大公と手を結ぶとしたら、我が国は帝国に従属する事になるのではないか?」
公は、続けてそう言った。
伯の顔をまじまじと見ながら、伯は事態が飲み込めていないと確信した。
「小僧さえ、排除できてしまえば、後は何とでもなります」
伯は、ドヤ顔で断言した。
自分は独自の判断で動いているのだから、今後もそうあり続けるだろうという確信に基づくものだった。
どうして、確信できるかというと……、分かりません。
筆者の力量不足です。
ただ、伯のこの行動が、リーラン王国だけではなく、ウサス帝国までも巻き込んで、ひっちゃかめっちゃかになる状況を作り出そうとしていた。
こうなると、知者も愚者も関係なく、入り乱れる事となる。
(クライセン公を排除する事自体が最も難しいのでは……)
ヤルスは、伯の自信満々の表情に、父親以上に呆れながらそう思った。
ヘーネス公もそう思ったのか、親子同士で目が合ってしまった。
「ホルディム伯、貴公がそう考えるのは、早計に過ぎる。
第一、陛下がこのような策をお許しなさらないだろう」
公は、ここまで言わせるなと言った感じで、言った。
当然、諭す意味でもあった。
公の妹は、伯の妻であり、身内なので、こうなる。
ここまでは、内々の話として、処理しようとしていた。
「うーん、そうですな……」
ホルディム伯は一旦、考える素振りを見せた。
ヘーネス公とヤルスは、それを見て、少しは分かってくれたのかと感じていた。
「ならば、陛下を廃位なさって、ヤルス様を新国王にお向かいすればいいのでは?」
伯は、再びドヤ顔で、そう言い切った。
伯にとって、ヘーネス親子には願ってもない申し出であると思っていた。
「貴公、一線を越えてしまったな……」
公は、冷たい寒々しい口調でそう言った。
それを見たヤルスは身震いした。
いつもより冷たい口調。
明らかに、怒っていた。
「カカ侯ヤルス!」
公は、珍しく声のトーンを上げて、そう言った。
「はっ」
ヤルスは、直立不動でそれに答えた。
「ホルディム伯を拘束せよ。
反逆罪と不敬罪による廉でだ」
公は、いつもの冷たい口調の中に有無を言わせないものがあった。
「畏まりました」
ヤルスは、父親の命に従い、伯の方へと歩き出した。
彼自身も、父親以上に怒りを感じていた。
「閣下?」
伯は事態が飲み込めていないようだった。
その間にも、拘束する為に、ヤルスに後ろ手にされていた。
そして、その時に、2人が本気だという事を悟った。
「やれやれ、こんな好機を逃すとは、所詮、その程度か……」
今度は、伯の方が心底呆れているようだった。
……。
その言葉に対して、親子は何も言い返さなかった。
既に、言葉を交わすのは無駄だと悟ったのだろう。
「皆の者、出合え!!」
伯は、意外な言葉を叫んでいた。
バンッ!!
伯の叫び声と共に、扉が乱暴に押し開けられ、1ダース以上の兵士が部屋に押し入ってきた。
「!!!」
「!!!」
これには、ヘーネス親子も流石に驚いていた。
「ヘーネス親子を拘束、監禁せよ!」
伯は、入ってきた兵士達にそう命令した。




