その7
さて、沈着冷静とエリオに評されたサラサである。
エリオに評された通りに、サラサは沈着冷静に事の成り行きを見守る訳はなかった。
まあ、要するに、エリオは人を見る目がないという証左である。
心情的には、今すぐ砲撃を仕掛けたい所はある。
セッフィールド島沖海戦の鬱憤をエリオ艦隊にぶつけたい衝動も大いにある。
表情も苛ついており、激発寸前のように見える。
だが、そう言った態度でもう数時間の時間が経っていた。
なので、太陽暦535年4月、サラサ艦隊とエリオ艦隊は、トロイドス沖で睨み合いを続けるようだった。
「敵の総旗艦艦隊の足止めに成功しましたね」
バンデリックはなるべくいい面を探し出して、進言したのは言うまでもなかった。
まあ、進言ではないのだが……。
「えっ、まあ……ね……」
サラサは意外な反応をした。
バンデリックの言葉に対して、歯切れの悪い反応をしていた。
とは言え、それが意外という訳ではなかった。
いや、それもそうなのだが、どうも何かに気が付いたようだった。
(つい、頭に血が上ってしまって、ここまで来てしまったけど……)
サラサは、当初の切っ掛けを思い出して、何とも気まずい思いになった。
幸い、周りにはバレていないし、しらっとしてれば、バレないという思いが脳裏をよぎった。
でも、まあ、目の前にいる人物にはそれはバレバレだった。
沈着冷静とエリオに評されたサラサだったが、エリオの行動に対しては、そうも行かなかった。
どうも、エリオは他人を怒らせる才能だけは、誰に対してもどうしようもないと言った所か?
「敵、総旗艦艦隊の目的はともかくとして、ここに数日間、足止めに成功しましたので、もうよろしいのではないでしょうか?」
バンデリックは、引くに引けなくなったサラサに助け船を出した。
それに対して、サラサはムッとした。
とは言え、バンデリックの言い分は尤もだった。
ここで引くべきなのだろうが、相手は果たして、簡単に見逃してくれるのもかと言う問題が新たに持ち上がった。
サラサはムッとしたものの、すぐに冷静になった。
そして、もう一回、エリオ艦隊を見直した。
まじまじと見ていると、ここで撤退しても、追撃はしてこない確証はあった。
(でも、あいつは何しに出てきたのかしら?)
冷静になったサラサは別の考えが思い浮かんできた。
ウサス・スヴィア紛争の直後なので、新しい何かを仕込むには絶好のタイミングである。
これは、リーラン側から見たらという事である。
「うーん、でも、あいつは何かしようとしているのよね……」
サラサは考え込むように、その言葉を口に出してみた。
「仰る通りだと思います……」
まだまだ歯切れの悪いサラサに合わせるかのように、バンデリックも歯切れが悪いながらもそう同意した。
「それって、やっぱり、邪魔する必要があるわよね……」
サラサの口調は、相変わらず歯切れが悪かった。
とは言え、この言葉を聞いたとしたら、エリオは一気にぐにゃーんと嫌な表情になる事は間違いがなかった。
「はぁ……」
バンデリックは、サラサが命令を下してはいなかったので、何と反応していいか、分からなかった。
だが、確実に嫌な予感はしていた。
「う~ん……」
サラサは考えるような仕草をした。
「……」
バンデリックはそれを見詰めていたが、もう結論は出ていると感じていた。
「我が艦隊は、敵艦隊の監視をこのまま続ける」
サラサはそう結論を出した。
「了解しました」
バンデリックは、サラサが決断した以上、敬礼を持って答える他なかった。
エリオ艦隊とサラサ艦隊の初の直接対決は、意外な形で推移する事となった。