その6
「公爵閣下、ご決断を願います」
ホルディム伯が、ヘーネス公にそう迫っていた。
場所は、ヘーネス公の執務室。
時は、ヘーネス公とヤルス、ホルディム伯の行方が分からなくなる直前の頃。
執務室には、ヘーネス公、カカ侯ヤルス、そして、ホルディム伯の3人がいた。
「……」
ヘーネス公は、書類処理をしていた手を止めて、机の向かい側にいるホルディム伯をジッと見た。
ホルディム伯は、その机に両手を突いて、決断を迫っているようだった。
ヤルスは、2人の様子を父親のやや後ろに立って、見ていた。
ヘーネス公は、止めていた手を再び動かし始めた。
まるで、何事もなかったようだった。
「閣下、何を迷っているのですか?」
伯は、公に詰め寄った。
「……」
公は、詰め寄られているのに、いつもの冷静さを失わずに、書類の処理を続けていた。
只でさえ、仕事がつかえているというのに、与太話を聞いている暇はないと言った感じだった。
だが、息子のヤルスの方は、何やら不穏な空気を感じ取っていたのか、腑に落ちないといった感じだった。
「閣下、クライセン公が今回、作戦を成功させると、巨大な権力を手にする事になります」
伯は、エリオに対する焦りをベースとして発言していた。
そして、ヘーネス公が何故それが分からないというまどろっこしさも含んでいた。
「驚いたな、貴公がクライセン公をきちんと評価しているとは思わなかった」
公は、びっくりしたような事を言ってはいたが、表情に乏しく、本当に驚いているとは思えなかった。
「……」
今度は、伯が黙る番だった。
いつもながら、どう反応していいか分からなくなったからだ。
「貴公が考えている通り、クライセン公は今回の作戦を成功させるだろう。
それにより、我が国は対外的に優位な立場を得る事が出来る。
喜ばしい事ではないか」
公は、いつもの冷静な口調でそう言った。
相変わらず、表情が乏しいので、本心で言っているのかどうかが疑わしくなる。
とは言え、本人は本心からそう言っている。
「閣下、それでは、クライセン公の力が強くなりすぎて、我々との差が大きくなります」
伯には、公が現状を受け入れようとしている事が信じられないようだった。
「元々、私とクライセン公の力量には大きな差があるのだから仕方がないだろう」
公は公で、伯の言い分がまるで分からなかった。
公にしてみれば、どうしてそのような考えになるのかが理解できないのだろう。
そして、この発言は、ある意味、エリオに対する信頼の証でもあった。
「何を仰っているのですか、公爵閣下の能力はそんなに卑下するものではありませんでしょうに」
伯は、公を持ち上げて見せた。
その気になって貰わないとどうしようもないからだ。
「……」
公は、それには全くの無反応だった。
それどころか、止めていた手を再び動かした。
それを見て、伯は無駄と思い、次の手を考えた。
「今、動くのが最大のチャンスではありませんか!
クライセン公がいない今のうちに、ヤツを排除する事は容易いでしょう」
伯は、回りくどい言い方を止める事にしたらしい。
公は、伯のこの言葉に書類整理の手を止めた。
明らかに、何かに触れたような感じだった。
「クライセン公を排除してしまったら、帝国との戦いをどうするのだ?」
公は、そう聞いてきた。
口調こそは、いつもの冷静さを失っていなかった。
なので、見た目には何にも変わっていなかった。
ただ、ヤルスには、逆鱗に触れてしまったという感覚を受けていた。
まあ、無論、ヤルスは黙っていたのだが……。
「閣下、帝国とはその件については、話がついております」
伯は、やっと公が食い付いてきたと思い、ニヤリとしていた。
「……」
公は、何も分かっていない伯に対して、唖然としていた。
相変わらず、表情が乏しいので、その事は全く伝わっていなかった。
「実は、この件は、帝国のフレックスシス大公から確約を得ています」
伯は得意気に話をし始めた。
だが、同時に、場の空気が一転した。
ヘーネス公、ヤルス共に、表情が乏しいので、伯にはやはり伝わっていなかった。




