その3
「遅れて申し訳ございません」
クルスは、エリオに敬礼しながら輪に加わった。
「いえ、貴公は一番遠くにいたのですから、当然でしょう」
エリオはクルスに、答礼した。
輪には、エリオを始め、クライセン家の3男爵がいた。
無論、これからの事を直に指示を出す為だ。
「さて、急な呼び戻しでしたが、それ程深刻な事態なのですか?」
エリオに次ぐ階級にあるクルスがまずは口を開いた。
「正直、深刻かどうかは今は分かりません」
エリオは、あっさりとそう答えた。
その答えに、一同は、ガクッと来るものがあった。
まあ、深刻な事を言われる覚悟をしていたのだからそうなるだろう。
「とは言っても、深刻な事態になりかねないので、皆さんには集まって貰いました」
エリオは、いつもしない真面目な表情でそう言った。
……。
エリオの表情に、一同は、ガクッときてから、一気に緊張感が増した。
エリオが、そういう時は必ず、想定異常な事が起きるからだ。
エリオは、一旦皆の顔を見渡した。
聞く体制は出来ているようだ。
「さて、事の概要は既にお知らせした通りですが、改めて報告書に目を通して頂きたい」
エリオは、そう言うと、マイルスターとシャルスが、クルスと3男爵に報告書の写しを手渡した。
……。
4人は、より詳細の情報を得ようと、報告書を無言で読んだ。
「確かに、規模はともかく、始まったタイミングが見計らったようですな」
まず、口を開いたのは、リンクだった。
「そうですね。
まるで、こちらの動きを読み取って、動いている節が見られますね」
ティセル男爵マサオが続いた。
「まさか、兄者、これは単なるハイゼル侯の置き土産ではないと?」
アトニント男爵ササオが、兄の言葉に驚いていた。
「総司令官閣下は、その可能性を仰っている」
マサオが、弟に察しが悪いなといった感じで答えた。
「……」
ササオは、それを聞いて絶句していた。
やはり、思っていた以上に、深厚な状況だと。
「しかし、この手際の良さ、かなりの高位な者が反乱に加わっているやも知れませんな」
リンクは、2男爵の補足をするように、そう言った。
「まさか、これに加担しているのは……」
クルスは、驚きの声を上げた。
まあ、実際には、エリオに手で制されたので、皆までは言えなかったのだが。
「今は、具体的な名を上げるのは止めましょう。
後々、問題になるやも知れません。
それよりも、最悪の状況を考えて、行動を起こします」
エリオは、4人に向かってきっぱりと言い切った。
否応もなく、命令に従って貰うという意思表示だった。
4人は、緊迫していく空気の中、姿勢を正した。
即応できる体制を態度で示していた。
それに対して、エリオは頷いた。
この辺が不思議な所である。
エリオに対して、発破を掛けるような言葉を常に掛けている人達である。
だが、こう言う時には、一切文句が出てこない。
エリオの統率能力の高さを示す出来事であると言えた。
「総旗艦艦隊は、先行して、リーラン王国に帰還する。
その為、全体の指揮をミモクラ侯に一任する」
エリオは、まず、そう命令した。
クルスは、この中でに2番目に若いが、階級はエリオに次ので当然の事である。
「畏まりました」
クルスは、敬礼して了承した。
「全艦隊の指揮権は、ティセル男爵が執るように」
エリオは、マサオに向かってそう命令した。
3男爵の内、実績はリンクが一番だが、序列としては、マサオの方が上になる。
「了解しました」
マサオは、敬礼して了承した。
「東方第2艦隊、アトニント男爵には、部隊の殿を。
北方艦隊、アスウェル男爵には、新造艦隊と補給部隊の面倒を見て貰う」
エリオは、ササオとリンクにも命令を出した。
「了解しました」
「了解しました」
ササオとリンクは同時に敬礼した。
「そして、ここに厳命する。
敵との交戦をなるべく避け、速やかにリーランに帰還する事」
エリオは、命令を徹底させるべく、敢えてそう口にした。
「畏まりました」
4人は、同時にそう答えた。
エリオは一応、各々を見渡した。
異論が出てくる気配さえなかった。
「それでは、各々の任務に専念するように。
解散」
エリオがそう言うと、4人は敬礼して、さっと持ち場へと戻っていった。
こうしてエリオは、想定外の対応策を取る事になった。
将棋やチェスのように一手一手交互に差していくのなら、簡単に事が済むのやも知れない。
勝ち負けは兎も角……。
たが、実際は、両方が同時に手を差したり、あるいは、各々のタイミングで差したりする。
更に、悪い事にプレイヤーは2人とは限らない。
つまり、差し手の思惑通りには全く行かずに、思わぬ効果が現れてくるものである。
そう考えると、本当に質が悪い。
(恐らく、ハイゼル侯以上の大物が出てきたに違いない……)
エリオは、確信しながら王都への帰還を急ぐのであった。




