その1
「バルディオン王国第2艦隊の撤退が、転機になりましたね」
マイルスターは、炎上するサキュスの街を見ながらそう言った。
「そうだね……」
エリオは、気のない返事をした。
まあ、いつもの事のように思えるが、サキュスの街を見ているエリオは、いつも以上に浮かない顔をしていた。
リーラン側の陸海からの攻撃により、サキュス側の抵抗は散発的であった。
完全に圧倒していたと言っていい状況だった。
工廠破壊を目的としてはいたが、街そのものにも大きな被害が出ている事は一目瞭然だった。
そして、それを命令したのは自分だという自覚が、エリオには重くのし掛かっていた。
敵国とは言え、無残な街並みを見るのは忍びないといった心情だった。
だが、それを口にはしてはいけないという思いもあった。
そう、最終的に責任を負うのは自分だという事だ。
(閣下、やはり、今回の作戦は望まれてはいなかったのですね)
マイルスターは、分かり切った事だと感じていた。
とは言え、座して攻撃されるのを待っている訳にも行かなかった。
かなり過剰ではあるが、一応は防衛戦であるとも言えた。
なので、エリオは攻撃する事を決断したのは、マイルスターにはよく分かっていた。
しかしながら、いざ現実を突き付けられると、あまり気持ちのいい結果とは言えないのだろう。
エリオのそんな気持ちが伝染しているのか、リーラン王国側は完勝とも言える戦いで、淡々と戦闘を続けていた。
一糸乱れぬ戦闘行動は見事なものだったが、そこに、敵を倒した時の歓喜はほとんど無かった。
とは言え、微妙な雰囲気ではなく、いつもとは違った緊張感があった。
「閣下、本国からの連絡です」
シャルスは、そう言うと、報告書を読み上げるのではなく、エリオに手渡した。
量が多い事もあったが、一目見て、すぐにエリオに渡すべきだと判断したのだろう。
この雰囲気に呑まれるまでもなく、シャルスはいつも通り淡々と自分の仕事をこなしているのだった。
それを見て、エリオやマイルスターは、いつも通りの空気に戻ろうとした。
そんな中、エリオは、受け取った報告書を読み始めた。
……。
沈黙が続く中、エリオがパラパラとすぐに読み終えるものと周りは思っていた。
だが、エリオが報告書に目を通しているうちに、マイルスターとシャルスの方は何だか妙な違和感を感じ始めていた。
と言うのは、目の前の戦闘状況より、本国の様子の方が心配な様子だったからだ。
やはり、エリオは、時間を掛けて読んでいた。
そして、何かを確認しているかのように、もう一度報告書を読み始めた。
……。
再び、沈黙が訪れたが、意外な形でそれは破られた。
「全軍撤退準備!!
第2軍には、速やかに撤退し、乗船するように。
各艦隊は、第2軍の撤退の援護をするように」
エリオから、意外な命令が発せられた。
シャルスは敬礼をすると、すぐに命令を実行するべく、伝令係達と共に駆け出していった。
エリオは、それを見て、遅れて、マイルスターに報告書を手渡した。
「……」
マイルスターは、命令の訳を聞こうとした所に、報告書を手渡されたので、まずは黙る他なかった。
そして、報告書を読み出した。
「???」
マイルスターは、読み終えた後、読み間違えたのかと思った。
そして、もう一度、報告書を読んだ。
報告書にはリーラン王国内で反乱が勃発したとの事である。
それも、あちらこちらで。
「閣下、予想より、反乱の状況が小さいように思えるのですが……」
マイルスターの口振りから分かるように、反乱に対して、驚いた訳ではなかった。
寧ろ、それを予想さえしていたようだ。
まあ、それは、予めエリオから予想を聞かされていたからだった。
「これならば、急ぎ、撤退しなくても。
こちらの戦略目標はまだ達成されていませんし……」
マイルスターは、ちょっと探るように進言した。
反乱規模はこちらの想定以下、そして、今回の作戦の戦略目標は100%達成している訳ではない。
なので、マイルスターがこう進言するのは無理はない。
しかし、そんな事はマイルスターが指摘しなくても、エリオには当然分かり切っている事だった。
それなのに、急ぎ撤退命令を出したのは、やはり、見えている物が違うと、マイルスターは感じだからだ。
「やはり、第2軍を、ミモクラ候を連れてくるべきではなかったな……」
エリオは、腕組みをしながら苦々しく言った。
クルスを連れてきたのは、本人とロジオール公の強い意向があったのは確かだった。
だが、最終的に決断したのは、エリオだった。
こちらの作戦が楽になるし、反乱もロジオール公の第1軍さえ、王都から動かさなければ、問題ないと思っていたからだ。
エリオは、見通しの甘さを悔いていた。




