その16
「取りあえず、膠着状態と言った所か……」
リンクは、複雑そうな表情でそう呟いた。
そして、珍しく不明瞭な言葉だった。
「閣下、我が艦隊は、敵の攻勢に対して、依然として押され気味ですが……」
ヴェルスは、リンクの言葉に異を唱える格好になった。
とは言え、まあ、積極的にと言う訳ではなかった。
戦果は上げられないものの、大した被害も出ていない状況である。
これも一種の膠着状態とも言えなくはなかった。
だが、押されているとは言え、味方が戦線崩壊する事は考えられなかったので、一先ずは安心と言った所か?
現状、サラサは敵左翼部隊に狙いを定めて、そこを削りにきていた。
クライセン艦隊の方は、左翼部隊には徹底的に攻撃を去なすように指示していた。
そして、中央部隊と右翼部隊が、サラサ艦隊を半包囲下に置こうとしていた。
このように、お互い目的ははっきりとしている。
だが、しかし、その目的は共に果たせずにいた。
「まあ、確かに押され気味ではあるが、これはこれで、総司令官閣下の思惑通りなのだろう」
リンクはリンクで、ヴェルスの言葉をやんわりと否定した。
「そうなのでしょうが、このままの膠着状態が続くのでしょうか?」
ヴェルスは、少し嫌そうな顔をしながらそう言った。
傍目から見ると、華々しい撃ち合いである。
さぞ、血湧き肉躍ると言った感じに見えるのだろうが、やっている本人達は意外と胃に来るような戦いである。
まあ、あくまでも普通の神経を持った人間にとってなのだが……。
そして、例外が2人いる事は、書くだけ野暮だろう……。
それはともかくとして、現状、ここに至っては、砲撃は全て、敵に付け込まれない為のものである。
多くの砲弾が飛び交っているのにも関わらず、ついに撃沈される艦がなくなっていた。
「まあ、そう言うな。
我が艦隊と敵艦隊の実力差、いや、指揮官の能力差を考えると、かなり善戦している」
リンクは自嘲気味でそう言った。
「閣下……」
ヴェルスは、いきり立とうとしていたが、リンクに手で制された。
「別に、自分を卑下している訳ではない。
しかし、現実はしっかりと見なくてはならない」
リンクは、少し遠くを見る目つきでそう言った。
リンクみたいな、良く出来た人間でも、こう言った現実を突き付けられるのは結構辛いものである。
リンクは現状を冷静に分析していた。
今は、エリオの的確な指揮のお陰で何とか戦いになっていると感じていた。
しかし、それを受け止められる度量は流石である。
そして、それだけの度量がある分、役割を全うしようという意思の下、秩序だった艦隊運動が出来ていた。
とは言え、これはエリオにとって、何よりも有り難い事であった。
第3次アラリオン海海戦の時のように、勝手に味方が動いてしまうと、どうしようもなくなるからだ。
「……」
ヴェルスの方は、リンクの諸々の思いを感じ取ったので、黙る事とした。
「それに、こう言った戦いに、参加できるのは武人としては幸せだと思う」
リンクは、今度は笑っていた。
「はい、仰る通りだと思います」
ヴェルスは、この言葉には同意した。




