その6
太陽暦535年4月、エリオ艦隊とサラサ艦隊のトロイドス沖海戦(?)は、まずは睨み合いから始まった???
既に、睨み合い(?)は、数時間に及んでいた。
どちらの艦隊も身動ぎしない。
まるで、動いた方が負けといった感じだった。
そう、睨めっこである、間違いない!!
まあ、尤も、それで勝敗が付く訳はないのだが……。
「閣下、このままでは埒が明きません。
やはり、ティセル男爵に来援を求めては」
マイルスターは参謀長らしい事を口にした。
「うん……」
それに対して、エリオは反応薄だった。
予想はしていたものの、それ以上の反応薄に、マイルスターは力が抜け、更に魂までも抜ける思いだった。
エリオはジッとサラサ艦隊を見ていた。
ただ、数時間ジッと見ていた訳ではなく、時折、困ったような表情で目を逸らしたり、頭を掻いていたりしていた。
敵を目の前にして、この落ち着き振りは、周りに影響を与えない訳はなかった。
緊張感を持て、惚け茄子!!
水兵達からはそう言ったプレッシャーが掛かっているのは明らかだった。
とは言え、そのお陰で、緊張しすぎてはいないが、程よい警戒感が艦隊を支配していた。
この空気こそが、即応できるエリオ艦隊の強さなのだろう。
「……」
マイルスターは、その空気に飲み込まれるように、エリオからの返事を諦めた。
「まあ、今は動く必要はないよ……」
エリオは、かなり遅れて、マイルスターの進言にボソッと答えた。
「はぁ……」
マイルスターは、タイミングをかなり外されたので、何の反論も出来なかった。
ただ、これだけ鈍い反応を示すという事は、敵の攻撃は全く考慮しなくていいという事でもある。
こういう勘というか、感性というか、戦いの流れを読む事に関しては、艦隊全体からの絶対的信頼感があるエリオだった。
その為、警戒態勢は維持しているものの、平時より少し警戒すればいいという空気になっていた。
「今、動くと、面倒な事になる。
それは、ティセル男爵にも迷惑だろう」
エリオのは珍しく、マイルスターへ追加説明が成された。
まあ、でも、これは追加説明と呼べるものかは、怪しい。
それに、「戦い=面倒事」とは、如何にもエリオらしかった。
マイルスターの方は、動いた後の事を頭の中に描いていた。
当然、それは戦端が開かれるイメージであったのは言うまでもなかった。
セッフィールド島沖海戦の報告書をマイルスターも読んでいたので、そのイメージ自体は良いものではなかった。
「成る程、そうですか……」
マイルスターは、歯切れが悪いながらも納得せざるを得なかった。
だが、総司令官がこんなにボケッとしていて、いいのだろうか?という疑問が新たに湧いてきた。
まあ、ボケッとしているのはいつもの事なのだが、敵を目前にして、これはありなのだろうか?と言う思いが、流石のマイルスターにも湧いてきた。
とは言え、エリオはただボケッとしていた訳ではなかった。
どちらかと言うと、サラサとの神経戦を戦っていた。
下手に動けないでいた。
先に動けば、それを利用されて、強烈な返し技を食らう恐れがあった。
実際、エリオもサラサがこう動けば、こう対処する、ああ動けば、ああ対処するというシミュレーションが頭の中で完成していた。
だが、先に動いた場合はいずれも、上手く行かないシミュレーションしか出来ていなかった。
そんな考えが頭の中を駆け巡っており、フル回転で頭を働かせていた。
ただ、残念な事に、一生懸命思考しているのにも関わらず、傍目から見ると、エリオは、ぼけらっとしているようにしか、見えなかった。
本当に、残念である。
そして、それはデフォルトでもある。
まあ、尤も、本当にぼけらっとしている時も同じ表情なので、見分けが付かない。
それは同情に値するかと言えば、そうなのかも知れない。
ただ、フル回転しているより、ぼけらっとしている方が圧倒的に多い……。
なので、そういう風に見られるのは仕方がない事である。