その5
「撤退してくれないかな……」
エリオはボソッと独り言を言った。
こっちはこっちで、あからさまにイヤイヤしている感情をもろに出していた。
「閣下、士気に関わります」
マイルスターは、いつもの和やかな口調でそう言った。
でも、まあ、いつも通り、水兵達は自分達の仕事に集中しており、士気の衰えなど微塵もない。
立派なものだ。
「敵艦隊、南下中。
撤退の兆しなし」
シャルスが定時報告をしてきた。
「……」
エリオは無言だった。
だが、決して無反応ではなかった。
あからさまに更に嫌そうな表情になっただけだった。
(同盟関係と言うのも、案外、考えものなのかもな……)
エリオは、ある意味、サラサに同情していた。
今回の戦いは、サラサにとって、得るものはほとんどなかった。
なのに、戦わなくてはならない。
それは、同盟がある故だった。
「閣下、間もなく、敵が視認できると思われます」
シャルスは追い打ちを掛けるように、エリオに報告した。
「……」
エリオは、その上、更に嫌そうな表情になった。
嫌そうな表情が何段階あるのだろうか?
まあ、恐らく無限だろう。
「敵艦隊を視認!」
マストの上から叫び声が聞こえた。
事、ここに至っては、エリオもしゃんとする他なかった。
「全艦隊、砲撃準備」
エリオは、まだ嫌そうな表情が抜け切れてはいないが、きちんと、総司令官としての職責を果たす事にした。
その命令により、シャルスを始め、伝令係が一気に慌ただしくなった。
そんな中、マイルスターは、やれやれと言った感じでいた。
(ようやく、やる気になって頂いたか……)
マイルスターは、呆れていたが、同時にこれでもう安心という感じだった。
エンジンが掛かるのまでが大変だが、掛かってしまえば、後は走り出すだけだという事なのだろう。
まあ、この世界では、エンジンが開発されるのはまだ先の話だが……。
「閣下、作戦行動は如何なさいますか?」
マイルスターは、参謀長らしく、そう聞いた。
「当初の予定通り行く。
変更はなし」
エリオは、端的にそう応えた。
マイルスターは、大きく頷いた。
「全艦隊、進路、速度、そのまま。
陣形を維持せよ」
マイルスターは、全艦隊に計画を徹底させる旨の命令を発した。
それに伴い、シャルス達がまた慌ただしく動き回った。
--- 艦隊陣形 ---
AsECAs
AsAsAs
EC:エリオ艦隊、As:アスウェル艦隊
艦隊陣形は上記の通り、エリオが中央前に位置している。
総旗艦艦隊らしからぬ位置なのだが、エリオにとってはこの位置の方が全体を指揮しやすい。
代わりに、アスウェル男爵が後方にいた。
「敵艦隊、尚も接近!」
シャルスがそう報告してきた。
サラサ艦隊は、艦橋からも視認できる位置まで接近していた。
「まずは、総旗艦艦隊のみで、砲撃。
敵の足を止める!」
エリオは、砲撃の意味合いを徹底させるべく、そう命令した。
そして、右手を高く上げたまま制止した。
……。
しばらく沈黙。
「砲撃開始!」
エリオは、砲撃命令を下した。
ドッカーン!!
多くの砲が火を噴いたのだが、たった一音だった。
こうして、エリオvsサラサのサキュス沖海戦は火蓋を切った。




