その5
「第2艦隊の停止を確認」
シャルスがそう報告してきた。
「やれやれだな……」
エリオは溜息交じりにそう言った。
とは言え、いつも通り、どこか他人事のような感じもあった。
「想定通りの展開になりましたね」
マイルスターの方は、いつもの和やかな口調だった。
とは言え、これはこれで、エリオを現実に繋ぎ止める役割を持っていた。
常にやる気のないエリオではあるが、サラサに対しては、本当に関わりたくないようだった。
ならば、すぐにでもティセルに逃げ込めばいい。
だが、それが出来ない事情もあった。
と言うのは、エリオ艦隊が、サラサ艦隊の相手をしなければ、王都へ向かう可能性もゼロではなかった。
王都には、リ・リラやラ・ライレがいる。
そう言った大切な人を少しでも危険に晒す訳には行かなかったのである。
でも、まあ、尤も、その可能性はほぼゼロだと、エリオは考えていた。
だが、全く可能性がないとは言い切れないので、エリオ艦隊はトロイドス沖に留まっていたのだった。
「しっかし、面倒な展開になりそうだな……」
エリオは、自分の想定した展開になっているので、うんざりしているようだった。
想定通り行くとなると、かなり面倒な事になる。
覚悟が必要だ。
そして、その覚悟する胆力が、エリオには欠けているのは明らかだ。
「ここまで予想通りという事は、バルディオン王国の諜報能力をどう見ますか?
やはり、我が国よりは、低いと見るべきでしょうか?」
マイルスターは、エリオに休憩を与えないとばかりに、次の懸案事項を示した。
「軽々には判断はしない方がいいかも知れないな。
それに、我が国との比較はあまり意味がないかもしれないな」
エリオは、その懸念事項にそう答えた。
「と言いますと?」
マイルスターは、エリオが話に乗ってきたので、安心した。
どうやら、サボらせない事に成功したようだった。
「規模としての優劣は、明らかに我が国に軍配が上がるだろう。
しかし、適切に配置されているのなら、結構厄介な事になるだろう」
エリオは、尚も先程の答えを続けた。
「成る程、その通りですな……」
マイルスターは、エリオの説明に納得したようだった。
だが、話しているエリオに、ちょっと気掛かりな点があった。
確かに、いつも通り、どこか他人事で、サボりたい感が満載ではある。
しかし、視線はサラサ艦隊から離れないでいた。
手には一通の報告書が握られていた。
報告書は、セッフィールド島沖海戦のものだった。
まだ、正式版ではなく、いわゆるダイジェスト版だった。
因みに、正式版が出来上がるのは、もう少し時間が掛かるだろう。
エリオは、サラサ艦隊が現海域に到着するまで、その報告書を何度も見返していた。
ダイジェスト版とは言え、海戦の流れを掴むには十分だった。
そして、見る度に、やれやれ感や逃亡願望が強くなっていった。
……。
諜報網のやり取り後、少し間が空いてしまった。
「で、第2艦隊の司令官ワタトラ伯爵をどう思いますか?」
マイルスターは突然話題を変えた。
いつもの和やかな口調にプラスして、ニヤリとした笑顔、視線はエリオの持っている報告書に向いていた。
「どうって、どういう事だ?」
エリオは、予想外の突然の質問に驚いていた。
現在の置かれている立場だと、質問されて当然の事だった。
なのに、らしくない程、驚いていた。
ある意味、意識しすぎているからかも知れない。
「『指揮官として、どうですか?』と言う意味ですよ」
マイルスターは、柔やかさに驚きとからかいを混ぜながらそう言った。
エリオの意外な反応に興味を持ったようだった。
そして、サラサを意識しているのは、傍目から見てもよく分かった。
「ああ、そういう事か……。
それならば、非常に厄介な存在だね」
エリオは、安堵したような表情でそう答えた。
言っている事と、表情が真逆になってしまっていた。
「……」
マイルスターは、敢えて無言で次の言葉を待つ事にした。
いくらエリオでも、ここで揶揄うのは年上としては、どうかと思った配慮からだった。
「……」
エリオは、すぐには言葉を続けなかった。
「……」
マイルスターは、それでも無言を貫いた。
(そう言えば、「厄介」という事は、前にも聞いた覚えがある。
それ故に、意識しすぎているのだろうな……)
マイルスターはそう思いながら次の言葉を待った。
「スワン島沖海戦、セッフィールド島沖海戦、共に、状況判断が的確で、周りがよく見えている。
戦術も理に適っており、実に手堅い戦いを行ってくる。
沈着冷静な指揮官だな」
エリオは、サラサをべた褒めした。
「そうですか……」
べた褒めしているエリオに対して、マイルスターの方はあっさりとしたものだった。
だが、それだけ、危機感を持っている証拠なのかも知れない。
2人が戦ったら、激戦になると。
ただ、バンデリックがこの会話を聞いていたら、すぐに訂正を入れたくなるのは間違いはないだろう。
どの部分かは、野暮なので言及しない事にする。