その4
「勝ち目が薄そうですね」
バンデリックは、珍しく黄昏れているサラサの傍でボソッと思わず言ってしまった。
「!!!」
サラサは、びっくりしたようにバンデリックを見た。
ぼやくのは珍しくはないが、珍しくストレートな物言いをしたからだ。
傍目から見ると、サラサは黄昏れているようには全く見えない。
バンデリックだからこそ、そう感じたので、そう言ってしまったのだろう。
「!!!」
バンデリックは、余りにも驚いたサラサを見て、それ以上に驚いて、しまったと感じていた。
だが、サラサは至って普通に戻っていった。
「港内の艦隊は封じ込められ、揚陸部隊が動き出した。
本隊は、我が艦隊の迎撃に動き出している。
確かに、いい要素が全くないわね」
サラサは現状を並べてみて、苦笑する以外思い浮かばなかった。
「それでも戦いますか?」
見た目にはいつも通りだが、バンデリックには悲壮感が漂っているように見えたので、敢えて聞いてみた。
「普通なら逃げ出すでしょうね」
サラサは再び苦笑しながらそう答えた。
そして、何故か、脳裏にエリオの間抜け面が思い浮かんだ。
まあ、エリオなら、前の段階で引き返しているのは疑いがないだろう。
しかし、サラサとしては、その判断が出来ないでいた。
「やはり、同盟関係に引きずられますか……」
バンデリックは、現状を悲観するように言った。
「そうね。
同盟関係がある以上、ここで引き返す訳には行かないでしょうね」
サラサは、意外と毅然にもそう言った。
ウサス帝国とバルディオン王国。
2国の同盟関係は、対等ではない。
なので、今後の事を考えると、下手に撤退できないのであろう。
「とは言え、ちょっと戦って、『はい、お仕舞い』と出来るような相手ではないですよね」
バンデリックは、副官らしく懸念を述べた。
「……」
サラサは、それに対しての即答を避けた格好になった。
それは、明らかに自分の感情が邪魔している事を示唆していた。
(この期に及んで……)
バンデリックは、呆れたが取りあえずは、黙っておく事にした。
話がややこしくなるからだ。
「認めたくはないけど、そういう事になるわね……」
サラサは、意外にも早く口を開いた。
だが、現状を冷静に分析しようとしているが、表情は完全に苦虫を噛み潰したような、何とも言えない表情になっていた。
(やれやれ……)
バンデリックは、呆れていた。
とは言え、そこは流石にサラサとも感じていた。
感情はイヤイヤでも、用兵家としては、冷静な分析をしていたからだ。
とは言え、エリオとサラサはたぶん「宿命の敵同士」だと言える。
たぶんと付いてしまうのは、2人の性格に難があるからだ。
宿命の対決が迫っているというのに、2人にやる気が感じられない。
もっと、こう、物語が最高に盛り上がる何かがあって、いいものだと書き手としては思う次第である。
この辺は、是非とも、2人に是正を求めたい。
とは言え、2人の気持ちはともかくとして、サラサ艦隊は南下を続けており、エリオ艦隊とアスウェル艦隊は北上を続けている。
となると、2人の対決は決定的なものになった。
「敵艦数は37。
こちらは21。
只でさえ、数的不利なのに、あちらは総旗艦艦隊に加え、敵最強艦隊と言われるリーラン王国北方艦隊が随伴しています。
あまりにも状況が悪すぎますね」
バンデリックは、つらつらと説明した。
艦隊自体が決戦の雰囲気に盛り上がっていない訳ではなかった。
なので、何故か闘志が盛り上がっていないサラサに対する苦言とも言えた。
「最強艦隊ねぇ……」
サラサは、バンデリックの言葉尻を捉えるように呟いた。
「えっ?」
バンデリックは、思わぬ所に反応されたので、驚いた。
「あ、別に、敵を過小評価している訳ではないわよ。
確かに、リーラン北方艦隊を侮れない相手よ」
サラサは、バンデリックの反応に対して、説明を付け加えるように言った。
「???」
とは言え、バンデリックは、それだけでは分からないと言った反応をした。
「とは言え、練度から言ったら総旗艦艦隊の方が遙かに上でしょうね」
サラサは、再び苦虫を噛み潰したよう表情で、絞り出すように言った。
本当に、感情に素直な娘である。
とは言え、用兵家としての理性は、感情を遙かに上回るのだろう。
「……」
バンデリックは、それが分かっているかのように、無言で苦笑する他なかった。
「我が艦隊がつけ込めるとしたら、そこでしょうね」
サラサは、いつもの表情に戻りながら、用兵家としてそう言った。
(やはり、お嬢様は凄いな……)
バンデリックは、感心していた。




