その6
「ようやく、お眠りになったようですね、閣下」
リーメイはエリオにそう話し掛けてきた。
エリオの傍らには、自分のベットでスヤスヤしているリ・リラがいた。
エリオは、リ・リラを執務室から自室へと移動させていた。
そして、よく眠れていないようなので、まずは寝るように促した。
リ・リラは何時になく、素直にエリオの言う事を聞いた。
だが、エリオが部屋から離れようとすると、起き出してきて付いて来ようとした。
エリオは仕方なく、眠るまで傍にいた。
リ・リラが眠りに就いたとみると否や、部屋を出ようとしたら、すぐに、リ・リラが起き出してしまう。
不安からなのだろうが、いつもと違って、エリオに甘えていた。
と言うより、昔に戻った感じかも知れない。
エリオは仕方がないので、ベットの傍にずっといる事になった。
リ・リラは、エリオの右手を両手で握りしめながら眠りに就いた。
つまり、エリオは動きたくても動けない状況にあった。
「殿下は、いえ、陛下は、ラ・ライレ陛下がお亡くなりになってから、あまりよく眠れていないようでしたので、ひとまず安心ですね。
流石に、閣下ですね」
リーメイは、安心したと共に、エリオを褒めた。
珍しく褒められたエリオは、こんな時にも関わらず、ちょっと照れていた。
「何か、随分と無理なさっていたようだったからね。
言う事をお聞き下さり、助かったよ」
エリオは、一目見た時に、ヤバいと感じていたらしい。
他人から見れば、流石、リ・リラと言った所だった。
女王が亡くなり、それをすぐに引き継ぎ、執務をこなす。
毅然とした態度が、誰からも賞賛を受けていた。
だが、エリオから見ると、リ・リラの心身共に心配な状況は明らかだった。
女王の孤高。
それに故に、常に気をはっていなくてはならないし、弱音も吐けない。
正に、リ・リラは、完全に追い込まれた状況だった。
だから、祖母の為に泣く事も、自分の為に泣く事も出来ないでいた。
それをエリオが解き放った。
そして、今は眠りに就いている。
取りあえず、一安心と言った所だ。
「陛下は、閣下の言う事なら、よく聞いて下さりますからね」
リーメイはニコリとしながらそう言った。
「えっ?」
エリオは勿論、その言葉に疑問を持った。
いつ、どこで、何を、聞いてくれたんだろうか?
過去の記憶を必死に掘り起こそうとしていたが、そんな状況は全く思い浮かばなかった。
とは言え、確信顔のリーメイから見ると、そうなのだろう……。
いや、全然違うぞ!
エリオは、そう感じながら、敢えて口には出さない事にした。
「ラ・ライレ陛下は、どのような感じだったのだろうか?」
エリオはそれより気になった事を聞いた。
報告は受けてはいたが、状況が良く把握できてはいなかったからだ。
なので、信頼できて、客観的に話せそうなリーメイに聞いたのだった。
「ラ・ライレ陛下は、執務中に突然倒れられました」
リーメイは、悲痛そうな表情をしていたが、何とか、冷静に話そうとしていた。
「うん」
エリオは、少しでも話しやすいように頷いた。
その辺の所は、報告書でも記されていた。
「医者の見立てでは、これまでの疲労の蓄積が一気に出てしまったのだろうと言う事でした」
リーメイは、尚も冷静に務めていた。
要するに過労死と言う事なのだろう。
王の親政と言えば、盤石な政治体制のように聞こえる。
ただ、これは王に負担が掛かりすぎる体制でもあり、リーラン王国の国王は、ほとんどが過労が原因で亡くなっていた。
(ラ・ライレ陛下、申し訳ございません……)
エリオは、ラ・ライレの疲労の原因の最上位にいる事を自覚せざるを得なかった。
常に、ラ・ライレの頭を悩ませていた自覚はちゃんとあったのだった。
尤も、ラ・ライレに言わせてみれば、好きでやっている事と、一笑されていただろう。
「そのぉ、ラ・ライレ陛下は……」
エリオはもの凄く言い辛く、聞き辛そうだった。
「あっという間の事でしたので、安らかにご逝去成なされたようです。
それだけが、救いですね」
リーメイは、エリオの言いたい事を先回りして、話してくれた。
「そうか……」
エリオは、そう言っただけだった。
安心できた訳でも、ほっとできた訳でもなかった。
ただ、それだけが救いだった。
エリオは、自分の手を握りしめて、スヤスヤしているリ・リラの方に、目を向けた。
そして、それ以上は口を開かなかった。




