その1
エリオ一行は、温泉に入らずに港の館に戻っていた。
島に来て、最大の危機を無事脱した感があったマイルスターだったが、どうにも腑に落ちない点があった。
宿命のライバル同士が対面して、全く盛り上がらなかった点ではない。
ああ、物語的には最大の欠点かも知れないが、それは、彼らが与り知らない所である。
まあ、それはともかくとして、エリオの妙な雰囲気が全く抜けていなかったからだ。
サラサとの遭遇は、想定しうる中で、最大の懸念事項だったと思われた。
それを無事に抜けた事により、もう懸念事項はないと感じていたからだ。
その辺を整理する為に、マイルスターはエリオに聞いてみる事にした。
「閣下、島に来てからずっとご気分が優れないご様子ですが、何か気掛かりの事でもお有りですか?」
マイルスターは、いつもの柔やかな口調だが、エリオをしっかりと見据えて聞いた。
「ううん……」
それに対して、エリオはやっぱり煮え切らない様子だった。
エリオ自身、その懸念が言語化できるのなら、すぐに手を打つ覚悟はあった。
だが、言語化できないので、対応のしようがなかった。
それに、この気持ちは、島に来てからではなく、その前からだった。
「ワタトラ伯との遭遇を懸念していた訳ではないのですか?」
マイルスターは、取りあえず、思い付いた事を言ってみた。
「えっ?あ?それは、懸念事項ではないよ」
エリオは、意外な事を言われたという反応だった。
だが、それ以上の反応はなく、意外に素っ気なかった。
(あんなにビビっていたじゃあ、あありませんか……)
サラサとの遭遇が何でもなかったように言い切ったエリオに、マイルスターはいつも通り呆れた。
とは言え、それについては、今は横に置いておこう。
話はシンプルにしていかないと……。
「我が軍の哨戒網を突破され、あまつさえ、島に上陸を許したのですよ。
これが懸念事項と言わずとして、何を懸念事項と言うのですか?」
マイルスターは、和やかながら、エリオを詰問した。
「ああ……」
エリオの方は、相変わらず、些細な事と言う態度を変えなかった。
「か……」
マイルスターは、尚も畳み掛けるように、詰問を続けようとした。
だが、エリオに制された。
「確かに、我が軍の哨戒網は優秀だ。
世界一だと自負してもいい。
だが、完璧なものなんて、存在しない。
特に、この島の周辺は人員不足だ。
突破されても、仕方がない面がある」
説明するエリオは、いつも通りに戻っていた。
それを見て、マイルスターは安心はした。
「しかし、閣下、敵艦隊をティセル沖で補足できなかったのですよ。
かなりの問題かと思われますが……」
マイルスターは、安心しつつも尚も言わなくてはならなかった。
「いや、それは仕方がないんじゃないか。
水兵達の能力にも限界がある訳だし」
エリオは、マイルスターと違って、やはり、深刻に受け止めていなかった。
「……」
マイルスターは、辺りを伺った。
またしても、水兵達の能力に触れていたからだ。
この場にいたら、またまた緊張関係が増大する事になっただろう。
「ああ、人員数から無理があるという事だよ」
エリオは、珍しくそれを察したように、補足した。
「ならば、増やすのはどうですか?」
マイルスターは、ごく簡単な提案をした。
「今の財政、慢性的な人材不足では、それは自殺行為だよ」
エリオは、溜息交じりにそう言った。
エリオ自身、やれるなら、とっくにやっているという認識なのだろう。
(流石ですな……)
マイルスターは、本来感心する所を、心底呆れていた。
正に、真の稀代の策略家だと感じた。
全方位で見えすぎている気がしてならないからだ。
「で、今回の伯との遭遇は織り込み済みという訳ですか?」
マイルスターは、呆れた気持ちを引きずりながらそう聞いた。
「ああ、あれはびっくりしたね」
エリオは、苦笑する他なかったようだ。
「へぇ?」
マイルスターの方は、あまりにもエリオが素直に気持ちを述べたので、目が点になっていた。
それに、今までの流れでは、当然、予測は可能だったと言う流れの筈である。
「この件で、あの銀髪少女は、考えていた以上に、行動力がある事が分かったよ。
それにしても凄いよね、2人で敵地に乗り込んでくるのだから」
エリオは、変な感心の仕方をしていた。
「はぁ……」
そんなエリオに対して、マイルスターは生返事をする他なかった。
そして、あれ以上にヤバい事が起きそうな事に対して、戦慄して待つ他ない事を悟らざるを得なかった。
問題は、まだ何も解決していなかった。




