その5
5隻のサラサ艦隊は、エリオ艦隊の入港から1週間後、ようやくモルメリア島近海に到着した。
「成る程ね。
北上すると、潮流の関係で、従来のコースより早く東大陸に着けそうね」
サラサは、快活そうにそう言い、納得した。
エリオとは偉く違う表情だった。
元々、快活なサラサと残念なエリオを比べる方が間違っていた。
とは言え、現在、いつもより、その差は大きくなっていた。
片や、相手の邪魔が出来るとウキウキしている人物と、得体の知れないプレッシャーを受けている人物。
その差が、足された格好になっていた。
「モルメイア島は、中継地点としては最高の立地という事ですね」
バンデリックは、サラサの言い分に賛同した。
流石に、商人の流れを汲む家系だけあって、その辺の目利きは確かなものだった。
戦力さえ十分であれば、クライセン一族より、ルディラン一族の方が、より効率的な商売が出来ていたのは言うまでもなかった。
なので、バンデリックはクライセン一族の事を羨ましく感じていた。
そして、それは、バンデリックだけではなかった。
「力さえあれば、やりたい放題と言った感じね」
サラサは、バンデリックの言葉を受けて、何時になくネガティブな感じになっていた。
先程までの快活さは何処へ行ったと言いたいが、エリオみたいにどんよりと言った感じではなかった。
どちらかと言うと、反発心が勝っていたように感じられた。
とは言え、エリオだって、やりたい放題やれている訳ではない。
相対的な海軍力は確かに、バルディオン王国を上回っていた。
それも結構圧倒的に。
だが、だからと言って、それだけでは、何もかも思い通りに行く訳ではなかった。
傍目から見ていると、中々それに気が付かない。
そう、あれで、結構、エリオも苦労しているんですよ。
とは言え、選択肢はサラサ達に比べると、多いのは確かである。
それ故に、やりたい放題と言った言葉が出てくるのだろう。
「はっはっ……」
バンデリックはその諸々な思いを含めて、苦笑する他なかった。
当然、サラサにもその辺の事情は分かっていると感じたからだ。
「閣下、やはり、クライセン公は、帝国から東方貿易の権益を奪い取る気でいるのでしょうか?」
バンデリックは、真面目な顔に戻って聞いてきた。
「その気でいるでしょうね」
サラサは、端的に忌々しそうにそう答えた。
その様子を見て、バンデリックは再び苦笑する他なかった。
「とは言え、あの島だけでは、そう簡単に上手く行かないでしょうね」
サラサは、見えてきたモルメリア島を見据えながらそう言った。
「そうですね」
バンデリックは、同じくモルメリア島を見据えながら同意した。
……。
2人はしばらく黙って、近付いてくるモルメリア島を見ていた。
「えっ、と言う事は、バリア島へ侵攻する為の下準備って事ですか?」
バンデリックは、ワンテンポ遅れて、気が付いた事を聞いてきた。
ちなみに、バリア島は、モルメリア島の南東にあり、位置的には西大陸と東大陸のほぼ中間地点にある島である。
この島は、ウサス帝国が領有宣言していた。
そして、この島は、中間地点にあるが故に、現在は大陸間の中継貿易地として、栄えている。
「ああ、今回はそうじゃないでしょうね」
今度はサラサが苦笑する番だった。
「……」
即答で、否定されたので、バンデリックは怪訝そうで、困ったような表情になった。
「如何にリーラン王国が豊富な海軍力を有しているかと言って、そこまで、艦隊を派遣するかは疑問が残る所ね。
現状ではね」
バンデリックの困った表情を見たサラサは、補足をした。
「成る程……」
バンデリックは腕組みをしながら現状を頭の中に思い浮かべた。
そして、納得した。
ウサス帝国とリーラン王国、海軍力は現状は拮抗しているように思える。
それを崩す行為をすると、付け込まれる恐れがある。
そう言った愚策をエリオがするとは思えなかった。
「さてと……」
サラサは、今までの話題をガラッと変えるような感じで伸びをした。
「???」
バンデリックは、目が点になりながら、警戒せざるを得なかった。
碌でもない事を言う前触れだった。
「艦隊転針!
一旦、島から離れる」
サラサは、司令官口調でそう命令を下した。
「……」
バンデリックは、呆然としていた。
無論、「一旦」という言葉に思いっ切り引っ掛かっていたからだ。
「何しているの?
命令を実行しなさい」
動こうとしないバンデリックを、サラサが叱咤した。
「はっ、了解しました」
バンデリックは、そう言って、敬礼すると、伝令係に指示を飛ばした。
「ああ、それと、島から離れたら、夜まで待機」
サラサは、ややリラックスして次の命令を下した。
「その後は何をなさるつもりですか?」
バンデリックは不安そうにそう聞いた。
「上陸できそうな所は確認できたしね」
サラサは、そう言うと悪戯っぽく笑った。
いや、サラサはごく真面目に言っているのだが、バンデリックには悪魔の微笑みに見えた。




