その2
「5隻、選抜しなさい」
サラサは報告を受けてそう決断した。
サラサ艦隊は、ティセルからやや離れた南方に滞留していた。
「どうなさるつもりですか?」
バンデリックは一応聞いてみる事にした。
本音はこの後の行動を止めたいのだが、まあ、無理だろうと思っていた。
それは、ワタトラに帰還する訳ではなく、ここでの待機命令を下された時から、嫌な予感がしていたからだ。
そして、それは、今、現実になろうとしていた。
なので、ささやかな抵抗ながら、バンデリックは質問をぶつけたのであった。
「更に、東に進むとなると、追い掛ける他、ないでしょうに!」
サラサは、バンデリックの質問に呆れていた。
だが、呆れたいのは、バンデリックの方だった。
返ってくる答えが予想通りだったからだ。
とは言え、ここで、呆れた態度を示す訳にはいかなかった。
「更に追撃する意味は何でしょうか?
総旗艦艦隊のみの出撃のようですし……」
バンデリックは副官らしい言葉を発した。
とは言え、バンデリックは意外にも副官らしい副官であるのは、言うまでないだろう。
「あいつが、碌でもない事をやらかさないか、確認する必要があるからよ!」
サラサは、なかなか納得しないバンデリックにイラつき始めていた。
とは言え、ここで、バンデリックも引く訳には行かない。
更なる遠征になる事は明白だ。
理由が曖昧だと士気に関わるからだ。
「しかし、閣下、理由を明確にして頂かないと」
バンデリックは尚も食い下がった。
ここは折れてはいけない所だと感じているからだ。
バンデリックにしては、珍しい事だが、こうなるとテコでも動かなくなる。
まあ、滅多に発現しないので、こうなる。
「……」
サラサは無言で、バンデリックを見詰めた。
いや、睨み付けた。
「……」
バンデリックもバンデリックで、サラサを見詰め返していた。
しっかりした答えを待っていた。
……。
2人共、黙ってしまったので沈黙が訪れてしまった。
「ふぅ……」
予想外に、溜息をついたのは、サラサの方だった。
時間が経ち、頭が冷えたのか、冷静に、今の状況を把握したようだ。
今のままでは、自分の意見が通らないと分かったのだろう。
遺憾ながら、順を追って説明する事にした。
「別に気の赴くままに、命令を下している訳ではないわよ」
サラサは、言い訳がましく、言い始めた。
「……」
バンデリックは。じっと次の言葉を待った。
当然、疑いの目を向けていた。
「いい?あいつは、最要注意人物よ。
好き勝手に、やらしていい訳ないでしょ」
サラサは、言い聞かせるように、言った。
「……」
バンデリックは、依然として、黙ったままだった。
説明が始まったばかりのせいもあるが、まだ疑っていた。
「何か、碌でもない事を企んでいる事は確かよ」
サラサは更に話を続けた。
だが、取り留めない話のような印象は否めなかった。
「『何か』って、何でしょうか?」
バンデリックは、疑いの目をキープしつつ、ツッコミ所に突っ込んだ。
「それが分からないから、追撃して、確かめに行くのでしょうに!」
サラサは、意図が伝わらず、歯がゆそうにそう言った。
(言っている事は分からなくはないが……)
バンデリックは、サラサの見えている物が共有できていない事を痛感した。
サラサに見えている事が、バンデリックや他の人間達には見えていないのは確かだ。
サラサの天才性は、誰もが認める所だった。
だが、それを勘案しても、今回の更なる追撃は必要性が乏しいと思わざるを得なかった。
バンデリックは、横目でチラリと周囲を伺った。
サラサがここまで言うからには、水兵達はそれに従うだろう。
だからこそ、バンデリックは、ここで慎重にならないといけなかった。
「それは、王国の存亡に関わる事なのでしょうか?」
バンデリックは、まだ納得してないとばかりに、質問を繰り返した。
「それは、内容によるわね」
サラサは、結構他人事のような口調で言った。
「そんな……」
バンデリックは、呆然としてしまった。
「だって、内容が分からないのだから、何とも言い様がないでしょ。
とは言え、最要注意人物が直接動いているんだから、その内容は我が国にも大きな影響を及ぼすでしょうね」
サラサは、先程の口調とは打って変わって、きちんと説明をした。
(なんだかんだ言って、クライセン公の事をかなり評価しているという事ですね)
バンデリックは、呆れながらそう思っていた。
「つまり、情報収集は不可欠であり、この先はその手段がないから、あたし達自ら行かないとならないという訳よ」
サラサは、そう言って、説明を締めくくった。
「……」
バンデリックは、そこまでサラサに言われると流石に黙る他ないようだった。
それが例え、後付けの説明であってもだ。
「でも、まあ、出来れば、邪魔はしておきたいものね」
サラサはそう言うと、悪戯っぽく笑った。
(それが、本音なのですね)
バンデリックは、そう思うと、もはや反対する気にはなれなかった。




