その9
毎日という訳ではないが、女王の執務室にエリオが今日もやってきていた。
エリオにしては珍しく、いや、初めての事である
こんなにも熱心になるものかと、ラ・ライレは完全に別のベクトルで、エリオの一連の行動を見ていた。
そして、熱弁を振るっている……と思われるエリオに対して、別の事を考えていた。
リ・リラは、相変わらず冷ややかな視線を向けていた。
エリオに説明されるまでもなく、ラ・ライレには、今回の提案のメリットとデメリットを既に把握していた。
と同時に、物事には優先順位がある。
ラ・ライレにとっては、エリオがモルメイア島へ行く前にやる事があるだろうという事だ。
(この2人には、最優先でやるべき事があると思いますが、全く気付いていないのはやはり問題ですね)
ラ・ライレは、熱弁しているエリオを他所に、リ・リラを見た。
そして、再びエリオに視線を戻した。
やはり、唐変木達に任せていたらダメなのは明らかだった。
(放っておいたら、何も進展がないのでは?)
ラ・ライレは、もしかしたら人生で最大の問題を抱え込んでいるのではないかと思い始めていた。
他の孫達はそんな事はなかった。
ミモクラ侯爵クルスは、既に結婚していた。
カカ侯爵ヤルスは、一番そういう事に縁がないように見えるが、相手が成人し次第、婚儀を上げる事を決定していた。
「分かりました、クライセン公」
ラ・ライレは、何度も聞いた説明を手で制した。
「……」
エリオは、熱弁を制されたので、不満そうだった。
「それは、今、すべき最優先事項なのでしょうか?」
ラ・ライレは、この件に関して、たぶん初めてまともに質問した。
とは言え、これはエリオの思惑は完全に無視した質問である。
だが、これに対して、エリオだけではなく、リ・リラの表情も変わった。
どう見ても、ラ・ライレが計画に食い付いてきたと感じていた。
残念であると言った感じだ。
「勿論です。
東方貿易の開拓は、王国に莫大な富をもたらすでしょう」
エリオは、嬉々とした感じでそう答えた。
手応えを感じたのだろう。
稀代の戦略家なんて、こんなものだろう。
「……」
まともに答えられてしまったので、ラ・ライレは絶句してしまった。
流れ的には、エリオの反応は至極全うである。
だが、思惑とは全く違う方向へと行ってしまったので、ラ・ライレは頭を抱えたい心境である。
とは言え、軌道修正をしなくては!
「今、それをやる時期なのですか?」
ラ・ライレは気を取り直すように、質問を重ねた。
「はい、今が最適の時期かと思います」
エリオは、珍しくズバリと断言した。
「……」
ラ・ライレは再び絶句してしまった。
流れ的には、やはり、エリオの反応は、全くもって、全うである。
だが、加速度的に、ラ・ライレの思惑とは、違う方向に動いていた。
なので、エリオが一層小賢しく見えていた。
「講和会議により、ウサス帝国の北方艦隊を封じる事に成功しました。
バルディオン王国艦隊は、単独では攻めてくる事はないでしょう。
となると、今が最適化と具申します」
エリオは、淀みなく説明を続けた。
(このぉ……)
ラ・ライレは、エリオを殴ってやりたい衝動に駆られていた。
まあ、女王も人間であるという事を、度々、エリオによって示されていた。
その衝動を抑える為に、ラ・ライレはリ・リラの方をチラリと見た。
リ・リラは、リ・リラで、訝しげな視線を向けていた。
先程までの、エリオに向けていた冷たい視線はなく、ラ・ライレに対しての視線だった。
エリオやリ・リラに指摘されるまでもなく、ラ・ライレもよく分かっていた。
とは言え、これで、祖母としての決意を示す必要性があると強く思った。
「分かりました。
王太女に、公爵、この件に対して、より良い案をまとめなさい」
ラ・ライレは、女王の命令を下した。
「……」
「……」
エリオとリ・リラは、思わぬ命令で互いの顔を見合わせた。
この提案をエリオがし始めて、初めて互いの顔を見ていた。
「いいですね、2人でやるのですよ!」
ラ・ライレは、有無を言わせない口調でそう言い切った。
「はい、畏まりました……」
「はい、畏まりました……」
エリオとリ・リラは、戸惑いながらもハモりながらそう答えた。
とは言え、事態が飲み込めず、2人は呆然としていた。
「分かったのなら、今すぐ、2人でやるのですよ!」
ラ・ライレは、立ち上がって、威圧するように言った。
エリオとリ・リラは、訳の分からないまま、女王の執務室を追い出された。
バタン……。
2人が部屋を出て行き、扉が閉まるのをラ・ライレは、確認した。
(さて、これで少しは進展があるのでしょうか?)
ラ・ライレは、椅子に腰掛け直しながら、祈るような感じになってしまった。




